機関誌ごんずい92

ごんずい92号表紙
昭和30年頃の湯堂湾(撮影:鬼塚巖)
目次

特集 : 第三弾 IWD産廃処分場を多角的に検証する

記事

「環境モデル都市」をめざす水俣に大規模な産廃処分場は必要ない 宮北隆志

プロフィール
みやきたたかし。1977年京都大学大学院工学研究科修士課程(衛生工学専攻)修了。熊本大学医学部衛生学講座講師を経て現在、熊本学園大学社会福祉学部福祉環境学科教授、同大水俣学現地研究センターセンター長。著書(共著):「地下水からの警告」(槙書房)など。

一 はじめに

 昨年度(二〇〇四年度)、「環境首都コンテスト全国ネットワーク」が主催する第四回日本の環境首都コンテストで全国第一位に輝いた「環境モデル都市」をめざす水俣に、民間の産業廃棄物処分場の建設が予定され、水俣病被害者や幅広い市民の不安、反対をよそに土地の買い上げがすでに完了している。建設予定地は、湯出川上流の湧水が豊富な山林で、周辺地区では多くの世帯が山からの湧水を上水源として利用している。また、七キロ下流の水俣川には水俣市の第二、第三水源地の取水口がある。
 一昨年一〇月の関西訴訟最高裁判決で国・県の責任が認められ、水俣病被害者の新規申請が三〇〇〇名を超えようとしている今、来年には水俣病公式確認五〇年を迎えようとする今、なぜ水俣に「産廃」なのかについては、多くの市民、水俣病被害者だけでなく公害の原点として水俣を見つめてきた多くの関係者が疑問の声をあげている。

二 環境コンテストへの継続的な参加と総合順位一位の獲得

 水俣市は、環境首都コンテストには、第一回から四回まで連続の参加で毎回順位を上げ、今回第一位に輝いた。質問内容の改善が重ねられてはいるものの、予算規模が大きく施策数も多い人口規模の大きな自治体が多数参加する中で、第一回第一五位から、第二回第三位、第三回第二位、第四回第一位と着実に順位を上げたこと高く評価したい。「水俣病事件」という負の遺産をベースに、市職員、市関連機関、民間事業者、農業者、漁業者、地元NPO、そして、一人一人の市民がそれぞれの思いで地域に目を向け、それぞれの主体が出来ることに取り組んできたことの積み重ねが、今回の結果に繋がったと考えられる。このことは、第一回から第四回の先進事例集に取り上げられた、次に示すような多彩な取り組みを見ても明らかである。
二〇〇一年:「学校版環境ISO」
二〇〇二年:「全ての事業をチェックする環境管理委員会」、「相乗り推奨で通勤車両燃料の使用量削減」、「環境にいい旅館・ホテルづくり「旅館・ホテル版ISO」、「地区環境協定制度」、「村丸ごと生活博物館構想」
二〇〇三年:ISO一四〇〇一自己宣言と市民監査」、「九〇〇ML茶色ビン統一リユースシステムモデル事業」、「経済的インセンティブを働かせた事業系ごみの減量」、「愛林館事業」
二〇〇四年:「畜産版ISO」、「地域人材マップの発行」、「水俣環境賞・市民賞」

三 環境モデル都市をめざす取り組みの深さと多面的な拡がり

 水俣市の廃棄物対策というと、ステーション単位のコンテナ回収がよく知られており、ややもすれば分別数の多さ(現在二二分別)に注目が集まっているが、その取り組みの内実、質の高さにも目を向けるべきである。たとえば、ビンの容器についてはリサイクルからリユースへの転換が明確に意識されている。エコタウン内のエコボみなまた(田中商店)との連携で、一升瓶だけでなく五合(九〇〇ML)びんについても、生きびんとしてキズをつけずに回収するためプラスチックコンテナによる収集が行われ、リユースのシステムが出来つつある。熊本市では、五億円もの税金を投入して民間業者によって回収されたガラスビン容器の多くにフタがついていることから、容器包装リサイクル協会から回収拒否の通告を受けたのとは対照的である。リサイクルを目的として回収されるペットボトルについても「ブランド物」との評価を受けている。汚れの多い熊本市のペットがDランクに対して、水俣市のペットはAランクの評価を受けている。また、二二分別の取り組みは、リユースやリサイクルによる環境負荷の削減という側面と同時に、地域でお互いに支え合うコミュニティの再生という視点からも意味のある取り組みである。各ステーションでのコンテナ回収には、「総合的な学習の時間」を利用した地域の小中学生の参加もあり、環境学習との連携が図られている。また、「環境モデル都市」をめざす取り組みが評価される中で、環境学習を切り口にした修学旅行などが増加し、地元のNPOがその受け入れを担っている。このような取り組みが行われている水俣に、民間業者によって大規模な産廃処分場が建設されようとしている。

四 「もぐらたたき」からバックキャスティングの手法への転換を

 環境モデル都市をめざす水俣がとるべき方向性とは、よその地域(他市町村や九州各県)の産業廃棄物を積極的に受け入れ、適切に処理・処分することなのだろうか。全国の自治体に先駆けてゴミの分別リサイクルや不必要なトレイの削減などに取り組んできた市民の思いは決してそうではないはずだ。家庭から排出される一般廃棄物、産業廃棄物を問わず、出てくるゴミを前提に、「燃やす」、「埋め立てる」、「なんでもリサイクル」ではなく、「焼却」や「埋め立て」に安易に頼らない、「脱焼却」、「脱埋め立て」を実現する生活様式と社会システムの実現に向けて、生活者としての市民、事業者、行政にできることは何かを考えることこそが、今必要とされているのではないだろうか。現状を追認し、ゴミの「受け皿」を作ることではなく、将来のあるべき姿をみんなで確認し、その実現に向けて知恵を出し合い、出来ることから取りかかることを宣言する取り組みとしての「ゼロ・ウェイスト」の取り組みは国内外で着実に広がり、成果を挙げつつある。
 廃棄物対策というと、問題点を洗い出し「今できることから」、「すぐにできることから」ということで当面の目標と計画が立てられ、「もぐらたたき」的に取り組みが進められてきた。すなわち現在の状態から前を見るフォアキャスティングと呼ばれる手法に基づいた考え方である。そうではなく、最終的な到達目標、すなわちあるべき姿を明確に設定し、関係者でそれを共有し、長期的な視野とスタンスで取り組みを着実に進める方法がバックキャスティングの手法であり、「ゼロ・ウェイスト」の取り組みはこの手法にもとづくものである。

五 「受け皿」づくりは問題解決の決め手とならない!

 最終処分場の残余年数が逼迫しており、処理費の高騰や不法投棄の増加が懸念されるため、或いは、将来的に「脱焼却」、「脱埋め立て」社会をめざすとしても当面発生する廃棄物に対応するためには、廃棄物の「受け皿」としての処分場の建設は避けられないのだろうか。
 廃車の解体・破砕に伴い発生するシュレッダーダストの取り扱いについて考えてみたい。従来、使用済み自動車はシュレッダー業者により破砕され、総重量の約七五〜八〇%に相当する鉄やアルミなどが回収リサイクルされ、利用用途のないシュレッダーダストは、廃プラスチックとしての安定型処分場において安価で埋め立て処分されていた。ところが、環境庁が一九九四年一月に、高濃度の水銀や鉛がシュレッダーダストから溶出する可能性があるという調査結果を公表後、翌々の九六年から、安定型処分場での埋め立て処分が禁止され管理型処分場への持込が義務付けられた。この措置によって埋め立て処分費用が高騰したことが、結果としては国とメーカーを動かし、自動車リサイクル法によるリサイクルシステムの確立と、リサイクルしやすい素材の開発・利用、更には、廃車後も再使用できる部品を扱う中古パーツ市場の活性化などにつながりつつあることには注目に値する。
 産業廃棄物の中間処理施設や最終処分場の立地をめぐる議論をする際には、私たちが直接向き合うことになる産廃業者への問いかけと同時に、拡大生産者責任を負うべき排出事業者(メーカー)のへの問いかけを忘れてはならない。また、様々な石油製品、化学物質に依存した、過度の便利さ快適さを追求する私たちの暮らしのあり方自体への問いかけも重要である。Rethink(ライフスタイルを再考する)、 Refuse(ゴミになるものを拒否する)、 Reduce(ゴミの発生抑制を考える)、 Reuse(使いまわす)、 Recycle(再生利用する)という五つの「R」の優先順位を明確にして廃棄物と向き合い、それでも出てくるゴミを適正に処理・処分するという視点とスタンスが今必要とされている。

六 なぜ、今、水俣に民間の産業廃棄物処分場を、市民の反対を無視してつくるのか?

 熊本県では現在、公共関与の産業廃棄物管理型最終処分場を整備する取り組みを進めている。「熊本県産業廃棄物処理施設建設候補地検討会」並びに専門家会議が平成一五年七月に設置され、六回の検討会、現地踏査、意見交換会などを経て、平成一六年二月には、県内八箇所の候補地が知事に提言されている。候補地に選ばれた八カ所で県が開催した説明会では、いずれの地域においても住民が強い反発を示しており、県は難しい対応を迫られているが、このような流れを無視する形で、民間事業者による処分場の建設が水俣において計画されていることは大いに疑問である。
 二〇〇四年三月、民間事業者による処分場の建設計画が明らかにされて以来、建設予定地住民だけでなく水俣病被害者や広範な市民が建設反対の声を上げている。水俣市議会も全会一致で反対決議を採択している。また水俣では、いまなお続く「負の遺産」としての水俣病被害をプラスに転化すべく市民、事業者、行政が一体となって取り組もうという体制がようやく整い、環境NGOが実施する環境首都コンテストにおいても市民参画のもとで進められている環境モデル都市づくりが高い評価を得ている。環境モデル都市として水俣の「めざすべき姿」が多くの市民によって共有されつつある今、問われているのはめざすべきゴールに向けたプロセスである。「生きた情報」を互いに共有し、継続的な対話によって「新たな価値」を発見し、自発性をもとにした「つながり」から、市民・民間事業者・行政の「新たな関係性」をつくりあげるプロセスからこそ、これからの地域再生のあり方と方向性が見いだされてくる。それ故、地域の意向を踏まえることなく、外からいきなり持ち込まれた最終処分場の建設計画は到底容認されるものではないであろう。

最悪の立地条件−汚水は必ず漏れる!  藤原 寿和(廃棄物処分場問題全国ネットワーク)

はじめに

 はじめまして。廃棄物処分場問題全国ネットワークの事務局を務めております藤原と申します。この度は本誌『ごんずい』に貴重な紙面をいただきましたことに厚くお礼を申し上げたいと思います。これから度々関わりを持たせていただくことになろうかと思いますので、はじめに私が何者なのか、簡単に自己紹介したいと思います。
 水俣との関わりはまだ大学(四年)に在籍していた頃(一九七〇年)、東京大学工学部で開催された「東京・水俣病を告発する会」の結成に参加し、それからわずか二年という短い期間でしたが、水俣病の東京での闘いに参加したことがありました(一株運動など)。その間、大学の先輩諸氏からの誘いで、大学院に籍を置きながら中部電力の浜岡原子力発電所の建設反対運動に現闘団の一人としてのめり込むことになり、御前崎の漁村に住み込んで反対運動に明け暮れました。しかし、最後まで反対を貫いた運動の拠り所であった御前崎漁協がついに補償金で妥結するに至って、浜岡から撤退せざるを得なくなり、一九七二年、東京に戻ってちょうど美濃部知事の時の東京都公害局(現環境局)に就職をしました。
 爾来三〇有余年、公務員として公害環境行政の末席を汚しながら、住民、市民運動団体と一緒に、東京湾の埋立開発反対、横断道路の建設反対や流域下水道反対運動、富山化学・日本化学工業・日本軽金属のアジアへの公害輸出・進出反対運動、そして日本化学工業の六価クロム市街地投棄事件、光化学スモッグ事件、日の出谷戸沢処分場建設反対運動、フェニックス計画(巨大ゴミの島)に反対する運動などに関わり、一〇年ほど前から「止めよう!ダイオキシン汚染・関東ネットワーク」や「廃棄物処分場問題全国ネットワーク」を市民の仲間と立ち上げて今日に至っています。
 今、私が一番精力を注ぎ込んで取り組んでいるテーマは、米ぬか油(ライスオイル)中に含まれていたPCBやダイオキシン汚染によってもたらされた「カネミ油症」事件です。被害の認定のあり方をめぐっては、水俣病と相通じる問題点があり、昨年二月には、東京で原田正純先生と認定制度をめぐるシンポジウムを開催致しました。
 ところで、私がはじめて水俣を訪れたのは、前吉井正澄市長が二期目に入った一九九六年六月、ちょうど水俣市役所が環境マネジメントの国際規格であるISO一四〇〇一をその年の二月に認証取得し、これを運用しはじめていた時のことです。私は自治労という全国の自治体職員労働組合が取り組んでいた環境自治研活動の一環で訪問し、吉井市長にもお会いして直接お話をうかがいました。この時には、早朝にごみの分別ステーションを訪れて、地域の方たちがみんなで手分けして確かごみを二一か二三分別している現場を見学させていただきました。
 二度目に訪れたのは、昨年一二月九日、一〇日、今回のテーマでもある産廃処分場の予定地を見学することが目的で、藤本寿子さん、高倉史朗さん、下田保富さん、遠藤邦夫さん、中村幸治さん、坂本ミサ子さんたちとお会いし、現地案内もしていただきました。また、市長選に出馬された宮本勝彬さんの選挙事務所を処分場全国ネットの大橋事務局長と一緒に表敬訪問し、挨拶をしてきました。
 以上、長々と自己紹介をさせていただきましたが、何分にもまだ新参者で、水俣の現地情勢には疎いものですから、どうぞよろしくご指導、ご教示をお願いします。

もう穴を掘って埋める時代ではない!

 さて、本題の方ですが、一二月に現地を訪れ、下田保富さん、遠藤邦夫さんの案内で予定地周辺を見て回って正直驚きました。とても廃棄物処分場の適地とは言えない立地条件のところです。これまで全国各地の処分場を見て回りましたが、ここほど立地条件的にひどい箇所はないと言ってもよいと思います。一つには予定地の周辺の至る所に水源である湧水箇所が数多く存在していることです。下田さんの調査でも二一カ所の湧水が確認されており、その湧水量は一日に約五〇〇〜六〇〇トンにも達するとのことです。ところが、業者の事前調査(地表踏査)では、わずか四箇所しか観察されなかったことになっています(『IWD東亜熊本最終処分事業環境影響評価方法書』、以下「方法書」と略す)。
 それから地盤の問題ですが、湯出川を挟んで対岸の山は、過去の台風による水害、土石流で大規模に崩落している箇所があり、今も修復工事が行われている箇所も見受けられました。このことは、方法書のなかで、「湯出川の対岸が急傾斜地崩壊危険区域に指定されており、対象事業実施区域の北北東に土砂流出防備保安林が指定されている」ことを認めています。では予定地は危険性がないのでしょうか。日本の活断層地図には、予定地のすぐそばに断層の存在が記述されていますので、詳細な調査が必要です。
 いずれにしても、日本の法律(都市計画法、廃棄物処理法、国土関連法、自然保護法など)では、水源地域や急傾斜地域などへの廃棄物処分場の建設を禁止する立地規制がありませんが、ドイツではネガティブ・マップ(廃棄物施設等の立地が制限される場所を表示。日本では、長野県が一部地域で作成)というものが全土にわたって整備されており、水俣での予定地のようなケースは、明らかに立地禁止される場合に当たると思われます。ヨーロッパでは、かつては日本のように、廃棄物を穴を掘って埋めるといった処分方法を採ってきましたが、今では埋立が「環境にやさしくない」といった環境影響の面からと、廃棄物を再資源化利用するための目的もあって、地上の建家等のなかに保管管理する方式に転換しつつあると聞いています。
 それは、いくらしゃ水シートを二重、三重にしても、いずれは穴が開いたり破れることを知っているからです。現に、日本のゴムシート等が敷かれている管理型処分場で、過去にシートや雨水集水桝の破損、あるいは堰堤の決壊等から汚水や廃棄物が流出、漏出した箇所がいくつもあります。
 古くは、天城湯ケ島町所在の持越鉱山の処分場からダム堰堤が決壊して鉱さいが流出し、持越川及び狩野川にシアン汚染が発生。最近のケースでは、八王子市戸吹処分場、平塚市遠藤原処分場、日の出町谷戸沢処分場、津島市新開処分場、福島県小野町処分場、茨城県竜ヶ崎市一般廃棄物処分場、北茨城市民間管理型処分場(堰堤の決壊による廃棄物の田圃への流出)、八千代市一般廃棄物処分場(堰堤の決壊による廃棄物の流出と地下水汚染の発生。当初五〇億円の修復費用が見込まれた)などなど枚挙に暇がないほどです。
 私は、これまで造成されてきたしゃ水工を施した管理型処分場のほとんどすべてが、しゃ水工の破損など何らかのトラブルをもたらしていると自信を持って言えます。かつて東京都は、美濃部都知事の「汚水を一滴も漏らしてはならない」と言う厳命で、一メートルの護岸を建設するのに地下鉄工事費並みの経費をかけて海面埋立処分場を造成したことがあります。廃棄物を投入してまもなく、幅二〇メートルもある世界でもめずらしい二重鋼管杭式護岸の一角にひび割れが発生し、そこから真っ黒い汚水が海洋に流出している現場を目撃しています。
 私が東京都環境保全局規制指導部水質監視課晴海分室という部署に勤務しているとき(今から二〇年近く前)に、田尻公害監視船団と称された水質調査船で監視して発見し、直ちに管理者である港湾局に改善指導の通知を発し、港湾局は年末に突貫工事を行って補修を完了したことがありました。しかし、その後、この事実を港湾局も現環境局も、私に対してだけでなく、都議会に対しても「汚水漏れは一切ない」と強弁しています。
 このことを考えると、水俣に限りませんが、IWDのような方式での廃棄物処分場は一切造らせてはならないと思います。

住民自身の手による環境アセスメント調査を!

 現在、業者は環境影響評価のための調査を行っており、いずれ準備書が出てくると思います。その時に備えて、今の内から専門家の協力を得て、住民による住民のための環境アセスメント調査を行うことをぜひ提案したいと思います。そのための事前調査を二月初旬市長選投票日頃に行う予定で、三度目の水俣入りをします。

水の恵みは溶岩の恵み  長峰智

プロフィール
ながみね さとる。一九五一年、山口県防府市生まれ。七四年、熊本大学理学部卒業。専門は火山地質学。九六年から県立水俣高校定時制に勤務。主な論文は、「南部九州肥薩火山区西部鬼岳およびその南西方地域の火山層序」(熊本大学教養部紀要一九九五年)共著

木臼野産業廃棄物処理場計画地は、どのような土地か

水俣市南西部(江添台地)の地図と産廃処分場予定地から水俣湾までの断面図
水俣市南西部(江添台地)の地図と産廃処分場予定地から水俣湾までの断面図

水俣の地質

 水俣の山地は霧島火山西方にある肥薩火山区の約七六〇万年〜二〇〇万年前頃に活動した火山から噴出した溶岩や火砕流堆積物などからできています。鬼岳から恋路島にかけては、大滝溶岩という、約二一〇万年前の火山の噴火によって流れ出た溶岩におおわれ、なだらかな台地が海に向かって傾斜しています。この溶岩は、カリウムが他の溶岩より多いので、高カリ安山岩と呼ばれています。大滝溶岩の層は、最大で約一四〇mの厚みがあり、割れ目がたくさんありますので、水をよく通す透水層になっています。

大滝溶岩の下の層は、白岩火砕流と呼ばれる、大滝溶岩より少し古い火山活動で噴出した火砕流が堆積して固まった凝灰岩層です。これは火山灰と小れきからなる層で、不透水層となっています。火山灰はガラス質で細かいので、ギュッと固まります。また、風化しやすいので粘土になりやすく、水を通しにくいのです。

 水俣では水が当たり前にあると思われていますが、水があるのは溶岩が地表面を広くおおっているからなのです。水を通す溶岩が、スポンジのように水を含んでいて、その下には水を通さない凝灰岩の層があるから、大滝溶岩の広がりに沿って、水があちこちで湧くのです。冷水や袋湾の海底からの湧水も、大滝溶岩の流れに沿ったものと考えられます。

地質から考えられる気がかりなこと

一 集中豪雨

 二〇〇三年七月の集中豪雨では、大きな被害があった宝川内だけではなく、水俣市内の一〇〇ヶ所以上の場所で斜面の崩壊が起こりました。湯出川に面した斜面でも多くの場所で崩壊が起こっています。今回のような集中豪雨が発生すると、斜面に積み重なっている堆積物(溶岩の破片など)と白岩火砕流との間を大量の水が流れるので、斜面崩壊が起こると考えられます。集中豪雨が繰り返されれば、湯出川流域の斜面が崩壊によって後退していき、処分場計画地の壁面が外側から崩れる可能性もあります。

宝川内土石流の源頭部 みんみん滝下部の崩壊現場 江添台地を形成する高カリ安山岩溶岩
2003年7月の集中豪雨によって発生した宝川内土石流の源頭部。高カリ安山岩が砂礫層のように風化している。 2004年7月の水俣豪雨によって崩壊・土石流が起こった湯出川中流の、みんみん滝下部の崩壊現場。 江添台地を形成する高カリ安山岩溶岩。水平方向の板状節理と上下方向の割れ目が見える。

二 地震

 水俣周辺には出水断層帯という活断層があります。処分場計画地の下は通っていませんが、計画地の南西部、招川内から紫尾山と出水平野の境に約二〇kmの断層がのびています。二〇〇四年一〇月に出された政府の地震調査委員会による地震発生長期評価では、今後三〇年以内に〇〜一%、今後三〇〇年以内に〇〜一〇%の確率で、マグニチュード七.〇程度の地震発生が推定されています。

 二〇〇五年三月二〇日の福岡西方沖地震では、マグニチュード七.〇で、震源断層と約二〇km離れた福岡市で震度6弱を記録しています。出水断層が動いて地震が発生した場合、計画地から断層までの距離から湯出地域の震度を推定すると、震度六弱以上になると考えられます。産廃処分場のように、山の上に重たい構造物をつくると、揺れたときに不安定になり、湯出川斜面が崩壊するかもしれません。

三 水への影響

 水俣の水はスポンジのように水を蓄えている溶岩によってあるのです。溶岩が広く地表面をおおっているおかげで、山がみずがめとなり、私たちに水が供給されているのです。しかし、山の上に構造物をつくると、その下の水みちが変化して、湧き水が涸れるなどの影響が考えられます。水みちとは、水が通る毛細血管のようなものですが、これが溶岩の下にどのように走っているかはわかりません。

 水俣の水は、長い長いスパンの火山活動によって蓄えられるようになったのです。水俣の豊かな水は溶岩からの恵みです。それを忘れないでいたいですし、地震も集中豪雨もいつかはあることを忘れないでいたいと思います。(聞き手 小里アリサ)

写真・作図は長峰智氏提供。


(2006年2月5日発行)

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