溝口先生と講演

今日は関東の中学生へ向けて、溝口先生と講演をしました。これが私のフィールドなんだと思います。1時間30分という余裕を持った時間、緊張せずに私たちの思いをたっぷり伝える事ができました。

今回は、まず私が、自身の生い立ちと先生との関わりと溝口先生の魅力を話しました。

私は三歳の頃から姉に連れられて先生のところへ書道を習いに通っていたそうですので、かれこれ26年のお付き合いになります。書道自体は不真面目でしたが、先生が環境のこと、有機農業やアイガモ農法、沖縄やアイヌのことなんかを話してくれる時間は、勉強よりも書道よりも楽しかったのを覚えています。

多感な時期を先生と過ごしたり、20歳の時に衝撃を受けた溝口先生の行動(裁判)は、私の人生に深く影響を与えています。先生との時間を、私のライフヒストリーと重ねて語り、そして相思社に入って以降の患者担当として感じている日常をお話しました。

 

次に、溝口先生から、1900年に生まれたお母さんと1931年に生まれたご自身の生い立ち、どれだけでもおかずがとれた豊饒の浜辺のこと。

先生が結婚後に生まれた子の胎児性水俣病症状とその被害がいまだ認められていないこと、先生のお母さんの症状が重くなりやっとの思いで踏み切った水俣病認定申請。

しかし放置され続けた21年間、その間の苦しみや裁判を始めるに至る思い、提訴から最高裁判決までを語ってもらいました。

先生にとっての40年は、私にとって、おそらく中学生にとっても想像もつかない時間。関わろうとしないと一生見えない、伝えられないことですが、それでも同じ時代を生きている私たちは、関心さえ待てば、いま話を聞くことができます。

先生と同じ時代を生きている私たちはその話に耳を傾け、この事実を先生の次の時代に生きる人たちに伝えていくことができます。

 

私が相思社に入った理由は、先生を生活の場から支えたい、そして、その生活の中から水俣病を学びたいというものでした。

 

裁判が終わったから終わり、ではありません。生活の場で寄り添い続け学び続けよう、そして次の世代に伝え続けようと改めて初心に戻った気持ちでお話を終えました。

 

来てくれた皆さん、ありがとう!

 

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