熊本県知事 潮谷義子 様

今後の水俣病対策についての申し入れ

二〇〇四年七月二八日

水俣病患者平和会                会 長 井島政治
水俣病患者連合               会 長 佐々木清登
水俣病被害者の会全国連絡会      代表委員 森 葭雄
                          幹事長 橋口三郎


はじめに
 二〇〇六年は水俣病の公式確認から五〇年という節目の年となります。
水俣病は戦後経済復興の最中に発生し、高度経済成長とともに被害が拡大していきました。水俣病患者は日本の経済政策の犠牲者でした。被害地域住民もまたその被害者でした。このことを念頭に置かれて、私たちの苦しみと思いを理解していただき、次に掲げる要望を是非とも実現して頂くよう、お願いいたします。
なお、これらの要望は私たちだけの要望ではなく、すべての水俣病患者、そして地域住民の願いであることもご理解頂きたいと思います。


要 望 事 項

一、水俣病総合対策医療事業の継続に関して
私たちは一九九五(平成七)年の水俣病政府解決策を受け入れましたが、当時の村山首相は閣議決定された首相談話の中で『政府は今般の解決に当たり、総合対策医療事業、チッソ支援、地域の再生・振興などについて地元自治体と協力しながら施策を推進するとともに、水俣病の悲劇を教訓として謙虚に学び、わが国の環境政策を一層進展させ、世界の国々に対し、わが国の経験や技術を生かして積極的な協力を行うなど国際的な貢献をする所存だ』と述べています。
歴代の環境大臣も『九五年の政府解決策の受け入れは患者にとっても重大な決断であったと認識している。今後、国の医療制度が変わっても、患者負担がないようにしたい』と繰り返し述べています。
しかし、政府の医療制度「改革」により、「医療補償の水準が下げられるのではないか」との不安が広がっています。公費負担番号の取得など、行政の努力により前進もありましたが、まだまだ不安が解消されたわけではありません。すべての医療事業対象者にとって、一九九五年の政府解決策に記された医療事業の内容が厳守されることは最低限の要求です。今後とも医療事業の水準が決して下げられることなく継続され、医療手帳が終身にわたって法律的にも保証されるよう、ご尽力をお願いします。

二、水俣病総合対策医療事業、医療手帳交付者への事業内容の拡充・改善に関して
 このことにつきましては以前から要望をしておりますが、いまだに前向きのご回答をいただいておりません。
本年四月二四日に放映されましたNHK・ETV特集「水俣病は終わっていない」の中で、認定審査会発足以来委員を務め国の審査会の会長も務めた荒木淑郎氏は「現地に住んでいる人たちで多発神経炎(四肢の感覚障害)を訴えた人たちはやはり水俣病の影響を受けたと考えざるを得ない」と発言しています。荒木氏も医療手帳の対象者に水俣病の影響があることを認めているのです。しかしながら、両者の補償内容の違いは実態とかけ離れて大きいものと言わざるを得ません。今後とも、この隔たりを小さくするようにご検討頂きたいと思います。
さらに、御所浦島、獅子島などの離島に在住する患者の経済的負担は大きく、療養手当は現状に見合ったものとはなっていません。毎年繰り返し要望していますが、ぜひとも離島の実態を調査され、しかるべき施策を行われるよう要望いたします。
 ハリ・灸治療につきましても、要望を続けておりますが、現行制度では補助額・回数とも充分なものとは言えません。水俣病に根本的治療法はなく、対症療法により少しでも苦しみをやわらげながら病気と付き合うしかないというのが、患者の現状です。患者の実態に即してハリ・灸治療の補助の増額と回数制限の緩和、並びにマッサージ治療も補助の対象としていただくように更に検討していただくようお願いいたします。

三、水俣病総合対策医療事業、保健手帳交付者への事業内容の拡充に関して
 環境省や熊本県の調査からも保健手帳を返上し認定申請をする患者が相当数に上ること、保健手帳の使用率の低いことが確認されています。これは保健手帳の中身が不十分でかつ使い勝手が悪いからです。一方、保健手帳を返上して認定申請をした患者が認定された事実をみてもわかるように、保健手帳受給者の中にも水俣病認定患者がいる可能性があるのです。
保健手帳対象者に対しましても、医療費の自己負担分を無料にするなど、内容の拡充を今後とも検討していただきたいと思います。その前段階として、聞き取りやアンケート調査などを実施し、具体的な問題点を把握していただくことを要望いたします。

四、水俣病公式確認五〇年に向けて
一九五六年五月に水俣病の発生が公式に確認されてから再来年で五〇年という節目を迎えます。
水俣病の五〇年を振り返ることは日本の経済政策、環境政策を振り返ることでもあります。一九九五年の政府解決策には「もやい直し」がうたわれています。「もやい直し」は単に水俣病患者・非患者の溝を埋めるというだけのものではありません。戦後の経済政策が造り出した地域破壊・環境破壊を反省し、環境を守り、弱者が安心して生きていける社会を作っていくことがもうひとつの目標です。
熊本県は一九九五年の政府解決策に至るまで「水俣病問題は県政の最重要課題」と繰り返し述べてきました。二〇〇〇年に作成された「熊本県総合計画」の中では水俣病の経験を糧として「『環境立県くまもと』の形成」を基本目標の一つに掲げ、さまざまな環境施策を行っています。環境の世紀と呼ばれる二一世紀だからこそ、水俣病公式確認五〇年を機に、県政・環境行政のあり方を振り返り未来につながる施策の実施を考えていただきたいと思います。
 以下にいくつかの提案をしますので、ご検討ください。
(一)水俣病の経験、水俣の経験を日本全国に、世界に広く伝える。
(二)一九九五年の政府解決策に掲げられた「もやい直し」を「もやい作り」あるいは「水俣病の経験を活かした地域づくり」へと一歩進める。
(三)被害地域住民の水俣病についての理解を深め、今なお続く偏見・差別をなくし、患者や弱者が住みよい地域づくりに結びつける。
 そのためには、
(1)一日限りのイベントではなく、「水俣週間」といったものを設定する。あるいは、年間に渡るイベントを設定する。
(2)被害地域全体、全ての関係者が取り組めるものにする。
(3)学会的なものではなく、国内・国外からの参加者と地域住民(特に若い世代)が交流し、お互いに学び会えるものとする。
(4)水俣病五〇年を機に、『不知火海沿岸地域フィールドミュージアム構想』(地域全体が水俣病のミュージアム)につながるものとする。

五、水俣病の教訓化、並びに教訓を伝える事業について
 環境問題は今や人類最大の課題といって過言ではありません。環境問題への関心の高まりもあり、水俣病に対する関心も大きくなり、近年、水俣を訪れる研究者、学生が徐々に増加しています。
 熊本県としても一九九〇年に始まった「環境創造みなまた推進事業」や二〇〇二(平成一四)年度からの「こどもエコセミナー」の開催、あるいは小学生を対象とした水俣病パンフレット作成事業を行うなど、その努力につきましては評価いたします。しかしながら、水俣病被害地域において、あるいはそれ以外の地域におきましても、いまだに水俣病と水俣病患者に対する偏見と差別は根強く残っています。
水俣病の研究、水俣病の経験を伝えること、情報発信はそういった偏見・差別の解消にも役立つことであり、私たちもできる限りの協力は惜しみません。熊本県としても今後とも最重要課題の一つとして更に積極的に取り組んでいただきたいと思います。
前項にも述べましたが、『不知火海沿岸地域フィールドミュージアム』構想についてもご検討いただきたいと思います。もちろん私たちもできる限りの協力はしていくつもりです。

六、不知火海沿岸地域の再生・振興について
 農林漁業の振興は食糧の自給率を高めるだけではなく、環境保全に直接的に結びついています。つまり、多くの漁業者が生活できるということは海や川の環境が守られていることの証にもなります。しかしながら不知火海(八代海)の漁業者は年々減少しつつあるのが現状です。
二〇〇二年度に「有明海・八代海再生特別措置法」が制定されました。この法律により有明海・八代海(不知火海)の調査だけではなく、再生に向けて様々な施策を実施することが可能になりました。熊本県におきましても、「流入する水の汚濁負荷量と海域の環境との関係に関する調査研究」、「流入する河川の流況と海域の環境との関係に関する調査研究」などが実施されるとのことです。
球磨川からの流入水は不知火海にとって非常に重要です。流入水の水質、水量によって不知火海の魚介類の繁殖は大きく左右されます。球磨川の変化は不知火海の漁業者にとっても死活問題となります。川辺川ダムの建設は川辺川・球磨川の川漁師だけではなく、不知火海沿岸漁師の生活を脅かす、いや生活破壊に直結するものと言えます。県においてもダム建設に関しては慎重の上にも慎重を期していただきたいと思います。
漁業者の生活を守ることは環境保全につながることを念頭に置き、不知火海の環境保全と沿岸地域の再生・振興についても特段のご配慮をお願いいたします。

七、訴訟認定患者への医療費給付について
二〇〇三年三月に水俣病第二次訴訟元原告二名が認定申請を棄却され、医療費が自己負担となり、経済的に苦しい状況におかれるようになりました。同じ水俣病患者でありながら、医療補償のない状況は私たちも見過ごすことはできません。訴訟上の水俣病患者にも医療費が給付されるようにご検討下さい。

八、協議の場について
 水俣病に関する諸問題について、今後とも患者団体との協議の場を設けていただき、真摯に患者の声に耳を傾けていただきたいと思います。
以上


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