| AHさん |
明神海岸で聞いた『浜ん子は漁師の畑のようなもの』という言葉がとても印象的でした。いっきに浜辺が身近になりました。埋立地もお話をしてもらわなかったら何も知らずに通りすぎていたかもしれません。
どうもありがとうございました。 |
| 水俣病ばかりではなく水俣の風土と暮らしから眺めてみると、改めて水俣病の被害が 実感できます。 |
| MYさん |
茂道の海の水がわいている所にサンゴがいる、ということ。水は淡水??塩のうすい所になぜサンゴが住んでいるのでしょう。もしくは、水がわき出ていてきれいだからサンゴが住んでいるのでしょうか。資料館で海の中の写真をみたとき、サンゴはソフトコーラルばかりでした。造しょうサンゴは住みつかないのでしょうか。是非、海にもぐってみたいです。今日、実際に海で魚が泳いでいるのを見て、ほっとしました。 |
| 11月の環境大学じっくりコースでは湯ノ花に潜る体験ができます |
| HTさん |
今回の海辺巡りで一番印象に残っていることは、「魂石」の地蔵を見たことだ。資料館で大矢理巳子さんの地蔵を見て、また、今日、他の人々が作った地蔵を見て、水俣病は、永遠に語り継がれていくことで、また、私たちも絶対に忘れてはいけないことだと感じた。水俣の海は、とてもきれいで、持っていたイメージが180°変わりました。 |
| イメージの水俣とリアルな水俣の落差が私たちの案内の必要性かと思っています。 |
| YHさん |
水俣湾がリアス式海岸でとても風光明びで、魚類、海そうが豊かな海であったことが実感でき、とても素晴しい海がとても悲しい海になったことが残念だと思いました。
様々な自然回復策は行われているが、行った時点ではベストな策だと思ってやったのだと思う。しかし、人間のやることなので、ベストなことはなかなかできないのが現状である。
大切なことは、いろいろな立場の人の意見を聞く、ベストな策を創りあっていくことだと思いました。 |
| 一度汚染してしまった環境は人の力ではなかなか元には戻せない。しかし微生物・植物・自然環境それ自体の働きが環境を復元していっています。 |
| NYさん |
私は水俣の海は、いい印象を持っていませんでした。やはり水俣病の影響だと思います。でも実際に海を見ると、少しその考えが変わりました。しかし、進んで魚を食べようとか他の魚と比べたらまだ食べられないかもしれません。いくら安全と言われても不安がありますが、そういう考えは今回の研究で絶対捨てたいなと思います。休憩がもっと欲しかったです。また、足場がすごく悪かったのでキツかったです。心に残りました。ありがとうございました。 |
| フィールドワークの心構えをもう少しキチンとお伝えすべきでした。水俣の魚をおいしさで評価しても良い時代になったことをお友だちに伝えて下さい。 |
| 無記入 |
海辺を歩いて、とても石が多くて驚きました。
海の水は、肉眼で見たら小さな魚が居るくらい他の海と変わらないきれいで一番印象に残りました。 |
| もっとゆっくり海を堪能できれば、もっといろんなモノが見えてきたと思います。 |
| OTさん |
水俣に来るまでは、今でも、水俣の海はもっと汚いのかと、想像していましたが、実際はそのようなことはなく、普通の海に戻っていました。水俣に直接来る機会がなければわからないだろうと思いました。私のように、今も汚れていると思っている人も多くいると思います。その点では、実際にきて、自分の目で、海を見ることができて、とてもいい経験ができてよかったです。 |
| 確かに現場に来なければ分からないことも多いのですが、これない人にはあなたが伝えて下さい |
| 無記入 |
実際に海岸などを歩いてみて、水俣に来なければ感じとることのできないような体験ができて良かったと思う。海岸には、様々な形、大きさの石がちりばめられていて、すごいと思った。 |
| 産廃処分場計画撤退の話もしたかったのですが、地質を勉強したので海岸の石がそこにある理由が分かるようになりました。 |
| 無記入 |
水俣病をめぐり、住民、役所、企業の関係が敵対型から協働型へと変わっていったことから、幸せな暮らしのために、前を向いて生きていることが感じられた。
水俣病の知識うんぬんよりも、自分の人生のために活かせるようなことが学べたことが一番の収穫だった。 |
| 90年代の環境創造みなまた推進事業の話をちゃんとしなければと思いました。 |
| HTさん |
水俣湾埋立地に行ってみて、話の中に未だにヘドロを埋立地の下に埋めていると聞いた時、そこにまず、一番驚きました。しかし、それはヘドロを処理する方法として一番良いというのが正直なんとも言えない感じでした。明神海岸では水俣の人達がそれぞれの想いで造った明神様を見た時、水俣市民の人達がこの街の事をどれだけ大切にしているのかと思いました。それは街だけの事ではなく、水俣病がこの地で起こった事を大切にしているのだなと感じました。
とても、楽しい、見学でした。 |
| すいません言葉が足りませんでした、 現在の人間にとって埋立という処理法しか選べなかったということが正確な言い方でした。 |
| YAさん |
社会の教科書だと過去の写真ばかりで、しかも白黒写真なせんで海もよどんでいるようなイメージだったけれど、真っ青なキレイな海で暗いかこがあることが浮かんでこない気がしたけれどふり返ると魂石があって、きっともっと将来水俣病のことを知る人が減ったとき、魂石、慰霊碑があるとそれがかなり重要なヒントになると思いました。海きれいです! |
| 白黒写真の水俣から色鮮やかな明るい水俣になるような地域作りをしていきたいと思っています。 |
| OTさん |
海辺を歩くことが日常にありませんので、非常に新鮮だった。また、海の美しさに気づくことができた。環境の大切さを改めて、気づくことができ、より環境を大切にしようと思った。先代の方々に感謝すると伴に、今後もこの残された環境を維持し、未来世代に繋げていこうと思う。 |
| 不知火海の年配の漁師たちは、先祖代々子々孫々の命のつながりを日常的に持っています。 |
| NHさん |
50数年前に起きた事件がうそのように思える美しい海でした。埋立地は人、島、魚などの生きものの魂が静かにねむっている様子が目に写る。
今や行政、NPOなど一緒に行動しているがまだまだこの事件は終わらない。 |
| 水俣病が歴史として語られる日が来ることを望んでいます。それは過去を忘れることではなく、過去を未来に活かしてはじめてできることだと思っています。 |
| HMさん |
とても綺麗な海だなぁと思っていた一方で、先生が見せて下さった昔の埋め立てた魚のドラム缶の写真からは、この海を見る限りでは分からない重さを感じました。
ヒザラ貝は初めて見ましたが、今では多様な生物が生き返っていることに、海の生き物だけでなく森の強さも感じました。 |
| 説明が足りませんでしたが、あの写真でわたしは水俣病事件で命が大切にされなかったことをお伝えしたかったのです。汚染魚は人間の名付けですが少々魚に申し訳ないように思います |
| 佐々木康平 |
水俣湾の埋立地で、地蔵などがたくさんあって、その理由が何十年経っても、この場所に来た人がここで水俣病という公害があったという事実を知ってもらえるようにという理由がある事を知って驚きました。茂道では、周辺の住民のほとんどが被害にあっているのに、今も元気に過ごしていてとてもたくましいと思いました。 |
| 水俣病をいつまでも語り継ぐことと水俣病の水俣といわなくても良い日がくること、アンビバレントな想いが交錯します。 |
| KMさん |
一番最初に思ったことは、余りにもイメージと違って海が美しかったことです。
メディアや報道の恐ろしさは、その人が見てもいない地であっても、悪い、そして暗いイメージを植えつけることだと思います。
しかし、美しい所でも埋立地は別で、ここは水俣病があったと痛烈感じさせるところでした。 |
| 相思社のながらく水俣のくらいイメージを発信してきました。それは運動には必要だったのかもしれませんが、今ではそのことも変える必要があります。 |
| FHさん |
水銀汚染の特にひどい魚を、当時適切に処理できなかったために地中に埋めたのはいいとして、その埋立地の上に木を植えたりするなど後々どかしづらいように手を加えてしまうのは良くないと思った。 |
| お話ししたように現在では水銀ヘドロから水銀を取り除く技術があります。熊本県がその根本的処理に乗り出せない理由の一つに、すでの整備してしてしまったことがあります。 |
| SKさん |
水俣湾埋立地は、自分が思っていた以上の広さがあり、それだけの量の水銀などが埋まっていると考えると悲しくなった。
また、水俣の海は、自分が想像している以上にキレイだったので、水俣病の被害の街だとは思えなかった。 |
| その事実をどうぞお友達に伝えてください。 |
| IYさん |
ここが埋立地だと言われないと分からないぐらいで驚きました。
水俣というと「暗い」だとかいうイメージが世間には曼延しているが、そうではないイメージをもってもらおうと努力している地元の方々がとても良いと思う。 |
| 水俣には私のような変な人がたくさんいます。こんど来られたらまた違う面白い人に会えます。 |
| HTさん |
一番印象に残ったことは、県や市が水俣の海を埋めることが環境保全対策とした。きれいなグランドや遊歩道があった。しかし、その下には基準値を超えた魚や汚染物が一緒に埋められている。しかも、あと25年で鉄板を交換しないといけない。きれいな埋立地の下にそんな秘密があるとは思わなかった。 |
| 産業優先で流し続けた水銀が、後世までの課題となっています。やってはならないことの一つだと思う。 |
| YTさん |
今日、一番印象深かった場所は、やはり、水俣湾埋立地です。
これだけ15年近くの植林によってすばらしい縁があった事に、とても驚かされました。埋立をしてても、全然そのような感じもしませんでした。それだけ、地元の方々は努力されたんだなという事がとても伝わりました。これは、伝えていく事がとても大切であって、多くの人達に現状を教えるべきだと思いました。
とても勉強になりました。 |
| 過去の事実と向き合い未来を考えながら今考え行動することが重要です。 |
| YJさん |
この講義で水俣の海の事がわかった。1日目での水俣湾の埋め立て地の話を聞いていて、今日、埋立地に行き、実際見てわかりやすい話を聞けたので本当に良かった。あと、埋立地に15年かかってできた植林に驚かされました。
この講義を受けて本当によかったです。 |
| 水俣にきてくれてありがとう。15年前にはこんなに多く人が水俣病の学びにくることは想像もつきませんでした。 |
| WSさん |
水俣湾埋立地で、慰霊碑と地蔵を見たことが一番印象に残っています。水俣病を経験した人々の「もう二度と悲劇をくり返さない」「忘れてはならない」という強い思いが、とても伝わってきて心に響くものがありました。 |
| どうぞあなた自身が仕事や勉強や暮らしに活かしてください。 |
| MKさん |
水俣湾埋立地には、ヘドロや魚が埋められていました。今では木や草などがあってきれいな公園でした。しかし、人間が汚したならちゃんときれいな海にもどしてほしいと思いました。 |
| たぶん数百年経てばそのようになるかと思います。しかし人間は自分に始末できない失敗をしてしまいます。そのときの振る舞い方が大切です。 |
| KMさん |
水俣湾埋立地が一番印象に残った。記憶に残して考えてもらうために、おじぞうさまがあるということに驚いた。水銀もうめたとはいえ、まだ危険が残っているとういことに少し恐しさを感じた。 |
| 記憶を石に刻むことは人間は昔からやってきたことかと思います。私は水俣病を伝えきれないのが残念です。 |
| YTさん |
私が今回一番印象残ったのは、水俣湾埋立地での地蔵や慰霊碑です。今回の授業で水俣病で亡くなった方へ実際にこうやって謝ることが出来たのでよかったです。 |
| 水俣病事件の大きなテーマに命の大切さがあるかと思います。その感覚を大事にして下さい。 |
| MRさん |
やはり水俣湾の埋立地に訪れた時に、自分の立っている足の下が昔この地域の大問題となった原点であると思うと、なんともいえない気持ちがしました。
今後も誰もが一度はふり返ることのできる場所であってほしいです。 |
| 美しい公園それじたいが悪いわけじゃないけれど、水俣病を忘れさせる装置かなとも思う。 |
| SAさん |
ちらちらと出てくる本音トークがよかったです。例えば、行政とのかかわりの変化や埋立地に木を植えたところの話が…。
海が、思うよりきれいで自分の偏見があったことがよく自分でわかった。やはり、現地で見て、話を聞く時間が大事だとわかった。
ドラム缶をうめた、鉄板でかこむという処理方法が、解決としてBetterでBestになるような方法を考えていきたい。
他との教訓としてとらえても。 |
| ありがとうございます。でもまだ本音で語れる水俣にはなっていないことを自覚しておきたいと思っています。 |