水俣病について知っておいてほしいこと

2001年4月6日・作成

 みんなが水俣病のことを、ちょっと知りたいなと思ったときに読んでください。無理に勉強だからって読まないでください。無理に読んでも頭には入りません。すぐ忘れてしまいます。そういえばあそこに書いてあったなとだけ覚えておいてください。それで十分です。

1 水俣病ってどんな病気ですか?

 水俣病は、チッソ工場の排水にあったメチル水銀が、海にいる魚や貝などに入って、それを人が食べることによって起こります。空気を通じてうつることも、触ってうつることありません。
 体の中に入ったメチル水銀は、主に脳や神経を侵し、手足のしびれ、ふるえ、脱力、耳鳴り、見える範囲が狭くなる、耳が聞こえにくい、言葉がはっきりしない、動きがぎこちなくなる、などの症状が起こります。
 汚染された魚を食べた母親の胎内でメチル水銀が体に入って、魚を食べていないのに水俣病になった赤ちゃんもいます。
 水俣病で苦しんでいる人は今もたくさんいます。でも今は海がきれいになったので、新たに水俣病になる人はいません。

2 メチル水銀って何ですか?

 水銀には金属のように生きていない無機水銀と、生きたものと反応する有機水銀の二種類があります。水俣病を引きおこしたメチル水銀は有機水銀です。一グラムの五分の一くらいで、人が死ぬほど大変強い毒です。
 メチル水銀は生き物の体の中に入ると、胃腸から吸収されて血液に入って、肝臓や腎臓や脳、赤ちゃんにまで運ばれて蓄積し、人体に大きな障害を与えます。
 昔から生活の中で使われてきた水銀は無機水銀です。奈良の大仏の金メッキや、江戸時代には薬やおしろいに水銀が使われていました。いまでもけいこう灯、乾電池、体温計など私たちの身近で使われています。

3 水俣病患者は何人いますか?

 誰も調べていないのではっきりとは分かりません。今のところおおやけに水銀の影響が認められた水俣病患者は1万2615人います。しかし、これ以外に、自分の病気を知らないで亡くなった人たちや、差別されるのがイヤで申し出なかった人たちがいるので、被害を受けた人の正確な数はわかりません。
 水俣病患者は熊本県や鹿児島県ばかりでなく、新潟県の阿賀野川でも水銀が流されたので同じ病気が出ています。水銀汚染による健康被害が、中国の松花江やカナダで報告されています。また、近年、アマゾンやタンザニアで川や湖の水銀汚染により人体への影響が心配されています。

4 水俣の人が悲しかったことは何ですか?

 水俣病患者の人は、なおらない病気になったことは悲しいことでした。でもそれ以上に悲しかったのは、近くに住んでいる人から「うつるからそばに寄らないで」と言われたり、「ほんとうに病気なの」って疑われたりしたことです。
 また水俣の子供たちがよそのマチに行ったときに、「やーい水俣病」などとからかわれたことです。そんなことを言う人は、ほんとうは水俣病のことをよく知らない人なのです。知らないで知ったかぶりをしてはいけんませんよね。

5 チッソはどんな会社だったのですか?

 チッソは、明治の終わりに水力発電の会社としてスタートしました。その電気を利用してカーバイト工場を作り、やがて化学肥料の生産を始めて、日本の大事な化学会社となりました。
 チッソは1932年から1968年まで、酢酸や塩化ビニールの原料となるアセトアルデヒドを作るときに無機水銀を使いました。そのときにできたメチル水銀を、なにもしないで海に流したので、海の魚や貝などが汚染されました。何も知らないで水俣湾の魚や貝を食べた人たちが水俣病になりました。
 いまのチッソ工場では、ゲームやパソコンの画面に使う液晶、化学肥料、食品添加物などを作っています。

6 水俣湾の魚は食べられますか?

 水俣湾の魚や貝に含まれる水銀は、1968年にチッソがアセトアルデヒトの生産をやめて水銀を流さなくなってから少なくなってきました。熊本県の調査では、現在、国が定めた基準(総水銀0.4ppm・メチル水銀0.3ppm)を超える魚はいなくなりました。
 大人が食べつづけても水俣病の症状がでることはありません。でも他の海の魚介類と比べると水銀値はちょっと高いので、小さい子供や妊娠している人は続けてたくさん食べないほうがよいでしょう。 
 いまの水俣湾の水質は、海の透明度や汚れの度合いでは熊本県でもきれいな海のひとつに数えられ、泳いだり遊んだりしても何も心配はいりません。

7 水俣湾埋立地はどのようにできたのですか?

 熊本県は、水俣湾にたまった水銀ヘドロが魚や水を汚さないように、封じ込めるための工事を行いました。埋立地は最初に鉄板を打ち込んで端を決めます。水俣湾内にあった水銀ヘドロを掃除機のようなもので吸い取って、埋立られる内側に流し込みました。その上に山土や石をいれて平らにして作られました。
 14年の年月と、485億円のお金がかかりました。その結果、水俣湾に58ヘクタールの埋立地が生まれました。埋立地の下には今でも多くの水銀があるので、これからもずっと危ないことが起こらないように見ていかなければなりません。

8 水俣の人たちは水俣病から何を学びましたか?

 水俣病は、チッソが流したメチル水銀という産業廃棄物が水を汚染し、汚染された魚を食べることによっておき、人々の対立も生み出しました。このことから水俣は、生命の源である「水」と「食べ物」がいかに大切なものであるかを学びました。そして、家庭や事業所から出す「ゴミ」は、自然を損なうものであってはいけないことを学びました。そして人々の対立をなくすために、もやい創りが大切だと知りました。
 みんなも、自分の回りにある山や川や海を汚さないことです。毎日食べている食べ物は、
 どんな人がどのようにして作っているんだろうか、自分が出しているゴミは誰が集めてどこへいっているんだろうか。そういうことを友だちと、考えたり・調べたりすることが水俣病から学べることだと思います。

9 もやい創りとはどんなことですか?

 もやいとは、もともと船をつなぐことや一緒に何かをすることです。人と人との関係、自然と人との関係が壊れてしまった水俣を、良いようにしていくことです。そのためには、水俣病のことをちゃんと考え・考えの違う人がいることを認め・一緒に何かをして喜んだりして、少しずつ良い関係になることが「もやい創り」です。
 水俣病が発生した当時、水俣病患者は伝染病と疑われたり、近所づきあいを断られるなど大変つらい思いをしました。また、水俣病かもしれないと申し出た人が「お金が欲しいだけで本当の患者じゃない」と言われました。
 でも、いまでは水俣の人々は、そうした過ちを悪かったなあと気づき「ケンカからは何も生まれない」から、一緒に何かを創っていくことで今までより良い関係を作ろうとしています。

水俣病のことについて、少しはわかるようになりましたか?
「水俣環境学習の手引き」も見てください。
もっとくわしいことを知りたい人は「水俣病のしつもん箱」も見てください。
それでも疑問があれば水俣病センター相思社に質問してください。

「水俣病について知ってほしいこと」のページは2000年度地球環境基金助成により作成しました。

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