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2 水俣病かん者について

2−1 水俣病のかん者数について

Q2−1−1  水俣病のかん者さんの数と亡くなった人の数を教えてください。

A2−1−1 水俣病と認定されたかん者は2,268人で、そのうち1,653人が亡くなっています(平成20年5月31日現在)。認定されていない人を含めるとかん者数は10万人以上、すでに亡くなっている人は4万人以上と思われます。(もう少し詳しい説明) (別の説明) (熊本県申請処理状況・PDFファイル)

Q2−1−2 認定かん者以外にも水俣病のかん者はいるんですか?

A2−1−2 認定されているかん者は水俣病かん者のごく一部です。認定されていないかん者を含めると50倍以上になると思われます。

Q2−1−3 水俣病認定されてない人の数を教えて。

A2−1−3 だれにもわかりません。たぶんすでに死んだ人も含めると10万人以上いると思います。

Q2−1−4 水俣病かん者数のうつりかわりを教えてください

A2−1−4 かん者数がわかりませんので、そのうつりかわりもわかりません。ただし、昭和50年ころには新しく発病する人はいなくなりました。水俣病は治りませんので、そのころまではかん者は増え続けました。その後は死んだ人の分だけかん者数もへっています。
(参考:熊本県認定審査状況の変遷)

Q2−1−5 水俣病のかん者は増えていくんですか?
Q2−1−5
 水俣病は今でも増えつづけているんですか?

A2−1−5 新しく病気になる人はいません。だから、増えることはありません。ただし、最近になって症状をうったえ始めた人はたくさんいます。この人たちは最近水俣病になったのではなく、今までだまっていた人たちです。

Q2−1−6 水俣病かん者のうち、どのくらいの人が治るんですか?

A2−1−6 水俣病完全に治ることはありません。訓練(リハビリ)などによって症状が軽くなる人はいます。

Q2−1−7 昭和32年以前に水俣病にかかった人は何人ですか?

A2−1−7 公式に確認(認定)されているのは64人です。実際はもっとたくさんの人が水俣病にかかっていたと思われますが、人数は不明です。

Q2−1−8 去年、水俣病に認定された人は何人ですか?

A2−1−8 2000(平成12)年は2人のかん者が水俣病と認定されました。二人とも鹿児島県に住んでいる胎児性(たいじせい)水俣病かん者で40才をこえています。だから、発病は40年以上前ということになります。今までわからなかったのか、かくしていたのだと思います。

Q2−1−9 1年間で何人ぐらいの水俣病かん者がでるんですか?

A2−1−9 今新しく水俣病になる人はいません。

Q2−1−10 1年間で何人ぐらいの水俣病かん者が亡くなるんですか?

A2−1−10 今では水俣病が直接の原因で亡くなる人はいません。かん者はだんだん年をとってきますので、認定かん者で数十人、未認定かん者も含めるとその数十倍の人が亡くなっています。

Q2−1−11 水俣病で亡くなった人の数は?

A2−1−11 水俣病のかん者数がわかりませんので、亡くなった人の数もわかりません。ただし、水俣病に認定されたかん者だけだと1,653人です(平成20年5月31日現在)。このほかに新潟水俣病で認定された人も459人亡くなっています。

Q2−1−12 水俣病で亡くなったかん者さんは増えているんですか?
Q2−1−12 水俣病の死亡者数は年々減っていますか?

A2−1−12 水俣病が直接の原因でなくなった人は初期のころ(昭和30年代)には多くいました。そのあとはガンなどほかの病気がかさなって亡くなる人がほとんどです。

Q2−1−13 急性水俣病で、今でも生きている人は何人ぐらいですか?

A2−1−13 急性劇症(げきしょう)型のかん者は水俣病が発見されたころの人がほとんどで、人数はそれほど多くはありません。急性劇症型のかん者で今も生きている人は数人だと思います。

Q2−1−14 水俣病が発生した年からかん者さんは減っているんですか?

A2−1−14 水俣病が発生してからかん者は増え続けました。やっと昭和50年ころに、発症は止まりました。水俣病は治りませんので、その後は亡くなったかん者の分だけかん者数は減っています。

Q2−1−15 現在のかん者さんの数を教えてください。

A2−1−15 かん者の数がわからないので、現在のかん者数もわかりません。ただし、水俣病と認定された人で現在(平成20年5月31日)生きている人は615人です(チッソ水俣病)。これとは別に新潟にも233人の認定かん者がいます。認定されていないかん者の数はわかりませんが、今生きている人だけでも5万人以上はいると思われます。

Q2−1−16 水俣病の被害の大きさはどのくらいですか?

A2−1−16 被害の大きさといってもいろんな意味があるので簡単には答えられません。かん者の数や症状などについてはほかの質問を見てください。

Q2−1−17 水俣病の被害はどのくらい出たんですか?

A2−1−17 水俣病の被害にはいろいろあります。健康被害にかぎって言っても10万人以上と思われます。それ以外の被害もありますので、地域住民すべてが被害者とも言えます。

Q2−1−18 現在水俣市で水俣病かん者の割合は?

A2−1−18 かん者数がわからないので、かん者の割合もわかりません。水俣市の認定かん者数は1,055人で、水俣市の人口は31,655人(2001年1月15日現在)ですから、その割合は約3%となります。また、認定申請(しんせい)者数は4,754名(2001年2月28日現在)ですので、約15%となります。被害を受けても認定申請(しんせい)をしない人も多いので、実際はそれ以上だと思われます。
(追加)2004年10月以降に新しく、水俣病ではないか、と名乗りを上げた人が3万人くらいいます(2009年6月現在)。水俣市には水俣病に対する偏見・差別がきびしいので、まだ名乗りを上げていない人もたくさんいます。水俣市の場合、何らかの症状のある人は人口の半分以上になると思われます。

2−2 水俣病の症状について

Q2−2−1 水俣病ってどんな病気ですか?
Q2−2−1 水俣病の症状を教えてください。
Q2−2−1 水俣病の被害は?

A2−2−1 手足がしびれる、思うように動けなくなる、目の見えるはんいがせまくなる、耳が聞こえにくくなる、うまくしゃべれなくなる、などの症状が代表的ですが、そのほかに、ものわすれをする、力が入りにくくなる、手足がふるえる、ねむれない、からだが痛い、手足のひきつけ、よだれが出る、などいろんな症状があります。(別の説明)

Q2−2−2 水俣病はなぜ、脳神経のはかいや、手足のしびれが起こるんですか?

A2−2−2 水俣病は有機水銀によっておこります。からだの中に入った有機水銀は脳や神経のきまった場所に入りこむ性質があります。脳の中でも手足の感覚に関係する場所に入りやすく、その細胞(さいぼう)をこわすので手足のしびれがおきやすいのです。

Q2−2−3 手がしびれるということは、どういうことなんですか?

A2−2−3 感覚がにぶくなったりなくなったりするということです。長く正座していると足がしびれて感覚がなくなった経験があると思います。そういった状態がいつもあるという事です。

Q2−2−4 水俣病はどうして、手や足がしびれたりするのですか?

A2−2−4 有機水銀が手や足の感覚に関係する脳(のう)の細胞(さいぼう)をこわしてしまうからです。

Q2−2−5 水俣病になったら刺激を感じないって本当ですか?

A2−2−5 手足の感覚が弱くなったり、ほとんどなくなる人もいます。そうなると、手先や足先を針で突いてもほとんど感じないという事にもなります。

Q2−2−6 水俣病はなぜ手足が不自由になるんですか?

A2−2−6 からだの中に入った有機水銀が手足の運動に関係している脳の細胞(さいぼう)をこわすことが多いからです。

Q2−2−7 なぜ、水俣病になったら口や、目・耳が不自由になってしまうんですか?

A2−2−7 水俣病の原因は有機水銀です。有機水銀が脳(のう)や神経(しんけい)の細胞(さいぼう)をこわすので様々な症状がでます。特に手足の感覚、目や耳のはたらき、手足や口を動かすはたらきをしている細胞(さいぼう)をこわすことがおおいので、そのような症状が出やすいのです。

Q2−2−8 目や耳が不自由ということは、聞こえなくなったり、見えなくなるということですか?

A2−2−8 完全に見えなくなったり聞こえなくなったりすることはめったにありません。ぼやけて見えにくくなったり、見えるはんいがせまくなったり、人の話す声が聞こえにくくなったりすることが多いようです。

Q2−2−9 なぜ、水俣病になると、いろいろな症状がでるんですか?

A2−2−9 水俣病はからだの中に入った有機水銀によっておこる病気です。有機水銀は脳(のう)や神経だけではなく内臓もおかします。脳や神経がおかされると目や耳が悪くなったり、手足がしびれたり、からだが思うように動かなくなったりします。内臓がおかされると疲れやすくなったり、ガンなどほかの病気になりやすくなったりします。

Q2−2−10 水俣病は急に発病するんですか?

A2−2−10 初期の急性劇症型の場合は急に発病することが多かったようです。慢性(まんせい)水俣病の場合は手足のしびれや肩腰の痛み、あるいは頭痛などからはじまって、だんだんほかの症状が出てくることが多いようです。

Q2−2−11 水俣病にかかると、すぐに体に影響がではじめるの?

A2−2−11 初期の急性劇症型の場合は、ある日突然症状が出ることが多かったようです。慢性(まんせい)型水俣病の場合、じょじょに様々な症状が出てくることが多いようです。中には、水銀に汚染(おせん)された魚を食べるのをやめてから何年もして発病する人もいます。これを遅発性水俣病(ちはつせいみなまたびょう)と呼んでいます。

Q2−2−12 水俣病はすぐに悪化するんですか?

A2−2−12 初期の急性劇症型の場合は発病してからどんどん悪くなる人が多かったようです。慢性(まんせい)水俣病の場合は年をとってだんだんと悪くなっていく人が多いようです。ただ、原因はよくわかりせんが、ある日突然に重症(じゅうしょう)になる人もいます。

Q2−2−13 水俣病で、一番苦しい症状とは?

A2−2−13 人それぞれです。歩けないことや、手足が自由にならないことが苦しいのはだれでも想像がつくと思います。中には、いつも頭痛がしてこまる、耳の中でセミが鳴いているような耳鳴りがするのがつらい、という人たちもいます。こういった症状は他の人からはわかりません。

Q2−2−14 水俣病になるとどのくらい苦しいんですか?

A2−2−14 苦しさははかれるものではありません。死んでしまいたいと思う人も多いですし、実際に自殺した人もいます。逆に苦しみをバネに強く生きる人、がんばる人もいます。

Q2−2−15 水俣病はかかると、どこが一番痛いの?

A2−2−15 多くのかん者がいて、いろんな症状があるので、人様々です。手や足が痛い、頭痛がする、肩や腰が痛いなどということはよく聞きます。

Q2−2−16 水俣病になるとなぜ、成長が遅いんですか?

A2−2−16 成長が遅くなるわけではありません。脳(のう)の細胞(さいぼう)が水銀にこわされるので、胎児性(たいじせい)かん者の場合、脳が部分的にはたらかないという事はあります。

Q2−2−17 水俣病かん者は絵や字が書けなくなるんですか?

A2−2−17 有機水銀は運動に関係する脳(のう)の部分をこわすことがあります。そうなると、手や足が思うように動かなくなります。絵や字を書こうとしても思うように手が動かないとうまくかけなくなることもあります。

Q2−2−18 水俣病かん者と、そうではない人では、脳(のう)がどのようにちがうんですか?

A2−2−18 水俣病の原因である有機水銀は脳や神経の細胞(さいぼう)をこわします。こわれた脳の細胞(さいぼう)はなくなりますので、アナがあいたようになります。ひどい場合にはいっぱいアナがあいた状態になることもあります。

Q2−2−18 水俣病になると脳(のう)の神経がどうなるんですか?

A2−2−18 からだにはいった有機水銀が脳や神経の細胞(さいぼう)の一部をこわします。こわされた細胞(さいぼう)が関係していた部分、たとえば感覚とか運動とか、がうまくはたらかなくなります。

Q2−2−19 どんな人が水俣病にかかりやすいんですか?
Q2−2−19 水俣病のかん者はどういう人たちが多いか

A2−2−19 水俣病は水銀に汚染(おせん)された魚を食べておこる食中毒ですから、水銀に汚染(おせん)された魚をたくさん食べた人が病気になりやすいのです。一番魚をたくさん食べるのは漁師さんたちですから、漁師さんや海の近くに住んでいて魚や貝をたくさん食べた人たちが水俣病になりました。

Q2−2−20 水俣病は体質的にひどくなったりするんですか?

A2−2−20 同じ魚を同じように食べてもすぐに発病する人とおくれて発病する人、重症(じゅうしょう)な人と比較的(ひかくてき)かるい人とがいます。子供やお年寄りのようにからだのあまり強くない人が発病しやすかったり、重くなったりするようですが、わかい大人の人でも病気に敏感(びんかん)な人はいるようです。

Q2−2−21 水俣病のかん者さんと、そうではない人の体はどこが違うの?

A2−2−21 どこも違いはありません。有機水銀中毒、食中毒にかかっているというだけのことです。

Q2−2−22 子供と大人ではどちらが水俣病になりやすいんですか?
Q2−2−22 大人と子供はどちらがひどくなるんですか?
Q2−2−22 水俣病にかかりやすい年齢は?
Q2−2−22 水俣病は大人でもなってしまうんですか?

A2−2−22 一般に子供の方が病気になりやすいですよね。それはからだが病気に対して強くなっていないからです。水俣病の場合も同じように汚染(おせん)された魚を食べたとしたら、子供の方が水俣病になりやすいと思います。

Q2−2−23 慢性(まんせい)水俣病とはどういうことですか?

A2−2−23 初期に見つかったかん者は急性劇症型の人が多く、この人たちは有機水銀を大量にふくんだ魚を大量に食べ続けた人たちで、しかも子供や老人のように病気に敏感(びんかん)な人たちでした。慢性(まんせい)水俣病というのは比較的(ひかくてき)有機水銀が少ない魚を食べたり、食べる量が少なかったり、じょうぶで病気になりにくい人だったり、様々です。症状も手足のしびれ、頭痛、耳鳴り、不眠、疲れやすいなど様々です。

Q2−2−24 年月がたつにつれかん者さんの症状はどうなるの?

A2−2−24 水俣病は治らない病気ですが、訓練(リハビリ)なんかで少しは良くなる人もいます。でも、たいていはだんだん年をとって症状が重くなる人が多いです。

Q2−2−25 今でも、水俣病になる人はいるんですか?

A2−2−25 1975(昭和50)年ころには水俣病の発生は止まっています。ただし、年をとって症状が重くなる人はいます。

Q42−2−26 今でも水俣病で苦しんでいる人はいるんですか?

A42−2−26 水俣病は治らない病気ですから、かん者は今も苦しんでいます。からだの病気だけではなく、水俣病かん者に対する差別や偏見(へんけん)もあります。差別や偏見はかん者にたいしてだけではありません。広い意味ではまだまだ多くの人が苦しんでいると言えます。

Q2−2−27 水俣病になると早く死んでしまうんですか?
Q2−2−27 水俣病のかん者さんは長生きできるんですか?

A2−2−27 水俣病かん者が早くなくなるとは限りません。80才、90才まで生きている人もいます。ただ、ガンなどほかの病気にかかりやすく、また、病気が重くなることも多いので、平均寿命は少し短いかもしれません。

Q2−2−28 水俣病で亡くなってしまうまでの様子を教えてください。

A2−2−28 水俣病になったからといって、死んでしまうわけではありません。初期の急性劇症型のかん者の場合はくるったようになって死ぬ人もいました。今では、ガンなどの病気を併発して、それが直接の原因でなくなる人が多くいます。

Q2−2−29 水俣病になると、どのくらいの割合で死亡するんですか?

A2−2−29 1970(昭和35)年までに確認されたかん者は121人で、そのうち46人が亡くなっていました。この人たちは重症(じゅうしょう)かん者ばかりですので、症状が軽い人たちの死亡率はわかりません。

Q2−2−30 水俣病になるとどのくらいの期間で亡くなってしまうんですか?

A2−2−30 水俣病になったら必ず死ぬわけではありません。最初のころに見つかったもっとも重いかん者の場合は亡くなる人が多くいました。発症から死亡まで一番短い人では25日でした。

Q2−2−31 水俣病かん者の年齢は?
Q2−2−31 かん者さんのの年齢の平均は?

Q2−2−31 水俣病かん者で一番多いのは何才ぐらいの人ですか?

A2−2−31 水俣病が公式に確認されてからでも40年以上たっています。すでにかん者の半分以上の人は亡くなっているでしょう。今生きているかん者は40才以上で、平均でも70才以上でしょう。

2−3 水俣病の治療について

Q2−3−1 水俣病は治りますか?
Q2−3−1 治す方法はありますか?
Q2−3−1 水俣病を治す薬はあるんですか?

A2−3−1 治りません。治す方法も薬もありません。水俣病は有機水銀が脳(のう)の細胞(さいぼう)(さいぼう)をこわしておこります。脳の細胞(さいぼう)は一度こわされると再生しないので、水俣病が完全に治ることはありません。

Q2−3−2 水俣病はどのくらいの期間で治りますか?

A2−3−2 水俣病は治らない病気です。

Q2−3−3 水俣病が治った人はいるんですか?
Q2−3−3 水俣病が治る確立は何パーセントぐらいですか?
Q2−3−3 水俣病は早期に処置すれば治る?
Q2−3−3 水俣病はリハビリで完全に治るの?

A2−3−3 水俣病は治らない病気です。でも、リハビリ(訓練)などで、病気がかるくなったりする人はいます。

Q2−3−4 水俣病の治療方法は? 病院では水俣病のかん者さんに対してどんな治療をしているんですか?

A2−3−4 水俣病は治らない病気です。ですから、少しでもからだが動きやすくなるように、あるいは今以上に症状が重くならないために訓練(リハビリ)をしたり、頭痛やからだの痛みをやわらげるための薬をのんだりしています。

Q2−3−5 水俣病の治療法が見つからないのはなぜですか?

A2−3−5 水俣病は有機水銀によって脳や神経の細胞(さいぼう)がこわされておこる病気です。脳や神経の細胞(さいぼう)は一度こわされると元にもどらないので、完全に治す方法はありません。ただ、痛みをやわらげる薬をのんだり、訓練(リハビリ)をするくらいです。

Q2−3−6 水俣病を治す研究はされているんですか?

A2−3−6 研究はされていますが、水俣病は治らない病気なので、「今以上に悪くならないように」する研究が中心です。

Q2−3−7 水俣病を治すリハビリはないんですか?

A2−3−7 水俣病は治らない病気です。リハビリも「今以上に悪くならないように」するためのものです。

Q2−3−8 水俣病かん者のくふうや努力があったら教えてください。

A2−3−8 薬をのんだり、リハビリを受けたりします。足がしびれてサンダルだとぬげても気がつかないので、いつもクツをはいている人もいます。からだがそれ以上弱らないように散歩をかかさない人もいます。気持ちを強く持つために仕事に打ち込む人もいます。水俣病やかん者の苦しみを伝えるために語り部となる人もいます。

Q2−3−9 水俣病のかん者さんはどのようなリハビリを受けているの?

A2−3−9 症状によってちがいます。歩きにくい人は歩行訓練をしますし、手先がうまく動かない人が人形や造花を作ったりすることもあります。

Q2−3−10 水俣病を治すのに私たちが出来ることはありませんか?

A2−3−10 水俣病そのものは治りません。だけど、気持ちを明るくすることはできます。水俣病のことを正しく知って、差別や偏見がなくなれば、かん者は喜ぶでしょう。

2−4 胎児性(たいじせい)水俣病について

Q2−4−1 お母さんは水俣病ではないのに、赤ちゃんが水俣病になるのはなぜ?

A2−4−1 お母さんのからだが、有機水銀を栄養とまちがえてどんどんおなかの赤ちゃんにおくり続けました。それで、おなかの赤ちゃんが水俣病になりました(胎児性(たいじせい)水俣病:たいじせいみなまたびょう)。そのぶんお母さんのからだに入る有機水銀が少なくなったので、症状がすぐに出なかったり、出てもかるかったりしたのです。

Q2−4−2 胎児性(たいじせい)水俣病かん者と、水俣病かん者との違いは?

A2−4−2 水俣病は水銀に汚染(おせん)された魚を食べて発病する病気です。ですから水銀に汚染(おせん)された魚を食べない限り水俣病にはなりません。ただ例外があって、自分では魚を食べていないのに、お母さんのおなかにいるときに、お母さんが水銀に汚染(おせん)された魚を食べたために、おなかの赤ちゃんが水俣病になることがあります。それが胎児性(たいじせい)水俣病です。

Q2−4−3 胎児性(たいじせい)水俣病の症状とは?

A2−4−3 水俣病は有機水銀が脳や神経の細胞(さいぼう)をこわしておこる病気ですが、赤ちゃんがお母さんのおなかの中で水俣病になった場合(胎児性(たいじせい)水俣病)や小さな子供のときになった場合(幼児性水俣病といいます)と大人になってからなる場合とでは、こわされる細胞(さいぼう)がちがっています。胎児や子供のときに水俣病になった場合には、より広い範囲の細胞(さいぼう)がこわされたりしますし、脳がまだ発達する前なので、大人の水俣病では見られない症状もあります。

Q2−4−4 胎児性(たいじせい)水俣病は障害以外にどのような影響が出るの?

A2−4−4 重症(じゅうしょう)の胎児性(たいじせい)水俣病かん者の場合、見た目には重度の脳性マヒのかん者とかわりません。でも、世界で最初の病気ですからわからないことがいっぱいあります。胎児性(たいじせい)水俣病かん者もみんな40才をこえました。年をとるにしたがって症状が重くなってきている人が多いようです。軽症の場合も疲れやすいとかからだに無理がきかないとか、様々なへいがいがあります。

Q2−4−5 なぜ、胎児性(たいじせい)(たいじせい)水俣病のかん者は「水俣病」と診断されなかったんですか?

A2−4−5 水俣病は水俣ではじめて発見された病気でした。最初は魚を食べた人だけが水俣病になると思われていました。魚を食べていないおなかの中の赤ちゃんが水俣病になるとは思わなかったからです。

Q2−4−6 胎児性(たいじせい)水俣病は生まれる前に水俣病にかかっていることがわからないんですか?

A2−4−6 水俣病は水俣で発生したのが世界で最初です。胎児性(たいじせい)水俣病がおこるなんてだれも考えていませんでした。二つ目の水俣病である新潟水俣病の場合は胎児性(たいじせい)水俣病が生まれる危険性がわかっていたので、妊娠規制などをしました。新潟水俣病の場合胎児性(たいじせい)水俣病かん者は一人だけだといわれています。

Q2−4−7 胎児性(たいじせい)水俣病のかん者さんの現在のようすを教えてください。

A2−4−7 もちろんそれぞれのかん者によってちがっています。明水園という施設(しせつ)に入園しているかん者もいます。出歩くことができなくて、家の中と近所しか出られないかん者もいます。できるだけいろんな人と出会いたくて、いろんなところに出かけるかん者もいます。病気の治療やリハビリのために病院や施設(しせつ)に通うかん者もいます。でも、重症(じゅうしょう)かん者が多いのでふつうに働いたり結婚したりするのはむずかしいようです。

Q2−4−8 胎児性(たいじせい)水俣病のかん者さんは長生きできるんですか?

A2−4−8 重症(じゅうしょう)かん者の場合、子供のときや若いときになくなる人もいます。胎児性(たいじせい)かん者は昭和30年代はじめに生まれていますから、今は40歳代です。水俣病は今までにない病気ですから、彼らがこれからもずっと長生きできるかどうかはだれにもわかりません。長生きしてほしいとは思いますが。

2−5 伝染(でんせん)・遺伝(いでん)について

Q2−5−1 水俣病はうつりますか?

A2−5−1 うつりません。水俣病は有機水銀中毒です。有機水銀をふくんだ魚を食べて発病する食中毒ですから、魚を食べた人だけが水俣病になります。

Q2−5−2 水俣病はどこから感染(かんせん)したんですか?

A2−5−2 水俣病は伝染(でんせん)病ではありません。水銀に汚染(おせん)された魚を食べておこる食中毒です。

Q2−5−3 水俣病かん者の子供はなんともないんですか?
Q2−5−3 水俣病のかん者さんの子供は水俣病なんですか?

A2−5−3 水俣病は遺伝(いでん)しません。水俣病は水銀に汚染(おせん)された魚を食べた人がなる食中毒ですから、汚染(おせん)された魚を食べない限りかん者の子供であっても水俣病になることはありません。

Q2−5−4 胎児性(たいじせい)水俣病かん者の子供や孫も水俣病にかかっているの?

A2−5−4 水俣病は遺伝(いでん)しませんから、胎児性(たいじせい)かん者の子供や孫が水俣病になることはありません。

2−6 かん者の気持ちについて

Q2−6−1 奇病と呼ばれた当時の水俣病かん者の家族の思いは?

A2−6−1 水俣病の原因がわからないころは差別もひどく、いじめられたかん者もたくさんいました。苦しく、つらい思いをしていました。死んでしまいたい思う人もたくさんいました。

Q2−6−2 水俣病の苦しみはどんなものですか?

A2−6−2 病気の苦しみや経済的な苦しみだけではなく、様々な差別を受けたりしました。病気で苦しくても、お医者さんにもかかれない、水俣病とわかるのがこわくて人に話せないというようなこともあります。

Q2−6−3 水俣病の原因がわかったとき、水俣病かん者はどう思ったんですか?

A2−6−3 うつらない、伝染(でんせん)しないことがわかってほっとしたこともあるでしょうし、今までの苦しみを、原因企業のチッソにいくらかでもつぐなってほしいと思った人もあるでしょう。

Q2−6−4 水俣病をひきおこしてしまった株式会社チッソからの賠償金(ばいしょうきん)で 亡くなった人の遺族(いぞく)の方や障害が残る結果となってしまったかん者の方々は満足しているのですか?

A2−6−4  亡くなった人の命はもどってきません。そこなわれた健康ももどりません。賠償(ばいしょう)とは、お金によってつぐなうというだけのことです。それしかできないからです。なっとくできなくてもがまんするしかないのです。大事なことは補償(ほしょう)する、賠償(ばいしょう)することではなく、公害をおこさないことです。

2−7 水俣病の差別について

Q2−7−1 水俣病のかん者さんはどんな差別をうけたのですか?

A2−7−1 はじめのころは伝染(でんせん)病ではないかとうたがわれて、家の前を通るときにハンカチで口をふさいで走りぬけるとか買い物に行ってもお金を手で受け取ってくれないとか、ひどいときは突きとばされたり、石を投げられたりすることもありました。

Q2−7−2 水俣病のかん者がいる家族はなぜ差別を受けたんですか?

A2−7−2 はじめのころはうつる、伝染(でんせん)すると思われていたので、近所の人たちはかん者やその家族とはつきあわないようにしました。伝染(でんせん)病ではないことがわかったあとも、そのことを知らないでうつると思っていた人もいますし、水俣病がこわい病気、きたない病気、びんぼう人がなる病気といったイメージが強くあったので、きらったりさけたりする人が多くいました。今でも多くのかん者や家族は水俣病であることをかくしています。

Q2−7−3 水俣病の原因がわかってなかったころ、「奇病」として差別を受けたのはどうして?

A2−7−3 うつる病気、伝染(でんせん)病と思っていた人も多く、かん者やその家族の人に近づかないようにしていた人も多くいました。うつる病気、こわい病気というイメージが人々の心を水俣病から遠ざけていたのでしょう。

Q2−7−4 差別を受けたことでどんな気持ちになりましたか?

A2−7−4 差別はときには病気以上に苦しいものです。差別した人をうらむ人もありましたし、死んでしまいたいと思う人もいました。

Q2−7−5 水俣病の差別に対して対策(たいさく)はあるんですか?

A2−7−5 差別をなくすことはとってもむずかしいことです。それは人間の生き方に関わる問題だからです。差別がまちがった知識や人伝えによっておきる場合もあります。まずは、水俣病について正しい知識を持ってもらうこと、それから人の気持ちになって考えられる人になってもらうこと、そういった小さなことの積み重ねしか方法はないでしょう。そのために私たちも努力しています。

Q2−7−6 水俣病患者が受けた偏見の一つに、「貧乏人がなる病気」というのがあったのですが、どうしてそのような偏見が生まれたのでしょうか。

A2−7−6 初期の患者の多くは漁師でした。漁師は少数派です(2001年の総務省の統計によると、漁業人口は31万人)。少数者の漁師に対する偏見は各地に見られますが、水俣でもあったようです。水俣やその近くの漁師は明治の中期以降に天草地方から渡ってきた人が多く、そういった「よそ者」に対する偏見もありました(「天草流れ」と呼んでいました)。水俣病患者=漁師=よそ者=貧乏人といったイメージがあったと思われます。そういう意味では水俣病によって差別が生まれたというより、もともとあった偏見差別に水俣病の差別が重なったと考えるべきでしょう。

Q2−7−7 水俣市に住んでいて病気のことをしっている人にもかん者に対する差別はあるのですか。

A2−7−7 どの程度「病気のことを知っている」のかによってちがいます。漁村以外の場所に住んでいる人たちは家族にかん者がいない人が多いので、水俣病のことをくわしく知っている人は少いのです。だから人のうわさ話を信じたり、かん者の苦しみをよく知らないので、知らず知らずのうちに偏見(へんけん)を持ったり、差別をしたりすることがあります。

2−8 かん者の生活について

Q2−8−1 水俣病かん者の生活を知りたい。

A2−8−1 水俣病のかん者だからといって特別な生活をしているわけではありません。病気ですから、ふつうの人に比べてお医者さんにかかる回数は多いです。散歩などかるい運動を心がけている人もいます。人数は少ないですが、水俣病の経験を伝えようと語り部などの活動をしている人もいます。

Q2−8−2 水俣病のかん者さんは家庭でふつうに生活を送ることができるんですか?

A2−8−2 特に重症(じゅうしょう)でない場合には、見かけ上はふつうに生活しています。ただ、病気ですからふつうの人よりお医者さんにかかる回数は多いです。病気とつきあうためにそれぞれにくふうをしています。重症(じゅうしょう)のかん者や年をとって動けなくなったかん者の場合は家族の世話になったり、病院や施設(しせつ)に入院する人もいます。

Q2−8−3 水俣病かん者の家族の生活は?
Q2−8−3 水俣病のかん者さんはどんな生活をしているんですか?

A2−8−3 特別に他の人と変わっているわけではありません。ただ、重症(じゅうしょう)かん者や年をとって動けなくなったかん者をかかえている家族ではかん者の看病(かんびょう)や世話に多くの時間をとられている人もいます。

Q2−8−4 水俣病のかん者さんは日常生活でどのような不便があるのか、教えて下さい

A2−8−4 水俣病の症状(しょうじょう)にはいろいろありますので、不便さもそれぞれです。一番多く見られる症状は手足のしびれ(感覚障害:かんかくしょうがい)ですが、例えば足の感覚がなくなるとサンダルがぬげても気がつかないとか、つまずきやすいとか、手の感覚がにぶくなるとはしがうまく使えないとかボタンがうまくかけられないとか、様々です。(参考)

Q2−8−5 水俣病でどんなことに苦労しましたか?

A2−8−5 かん者も多く、症状も様々なので、それぞれちがいます。病気そのものだけではなく、病気で働けなくなってお金に苦労した人も多くいます。働く場所がなく、都会に出ていっても水俣病ということで仕事がなかなか見つからなかった人もいます。かん者というだけで、ときには水俣出身だというだけで結婚ができなかった人もたくさんいます。


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