『三人委員会 水俣哲学塾』

坂本一途

水俣に来て四ヶ月になる。水俣に来たはいいが、当事者性を考えたいと思っていたらその当事者に触れたいがために運動者になりたいと思って、結局自分本位で動いているな、と反省する日々があった。あとは豪雨災害のボランティアに行ったり、風力発電建設の反対運動に興味を持ったり、状況に流されっぱなしで生きている感じだ。そろそろ自分の立ち位置を見つめ直したい欲求が高まっていた。そんな折に『三人委員会 水俣哲学塾』を読んでみた。タイトルだけでは内容がさっぱりで、そもそも三人委員会とはなんぞや、と思った。なので、調べてみる。「三人委員会哲学塾は、一九九六年秋、共通する思想傾向をもつ、大熊孝、鬼頭秀一、内山節の三人の会として生まれ、欧米の近代思想を、欧米ローカルな思想としてみながら、地域と人間の関係を軸にして、多元的な思想を創造していこうと考えています。そして相互的な関係の世界の中で、自然、人間、社会をつかむ思想潮流をつくり出したいと榛村掛川市長の共感を得て始めた。」[1]要するに、地域ごとのローカルな思想を地域に興味のある人間を集めて考えよう、という会らしい。そして、この本は永野三智(以下、敬称略)が三人委員会を呼び、そこに緒方正人をゲストとして招待して、多くの参加者も語らった座談会の記録となっている。どんな話になるのか、さっぱりわからなかったが、読むごとに止まり、読むごとに考え、参加者のそれぞれの問題意識をぶつけられ自分の身を振り返る読書をした。ちょっとだけ内容を紹介する。

会は緒方正人の語りをベースに始まった。緒方正人の「システム」、水俣病の補償制度に搦め捕られた場所から逸脱した経験談を受けて、参加者が「システム」に囚われない生き方の模索を語る。鬼頭のゼミで学び、水俣のお茶農家桜野園に嫁いだ松本里実は、『ラピュタ』から「私達は土から離れたら生きていけない」という言葉を実感しながら農家として生きていることを語り、はたまた山梨の三人委員会を運営し山梨県の公務員である手塚伸は役人として全体最適と部分最適という発想から地域問題を捉えて考えている、など一つのテーマで幅広い発言が飛び出してくる。また、緒方は参加者から近代国家に縛られた考え方しかできない悩みを打ち明けられると、考えるは「感が得る」なんだ、と五感や自身の探究心に委ねてみることを提示した。内山節も考えると考えることを表現する、の違いを説明する。なんとなくわかっていることを表現する、というのは意外とできない。それはなぜかというと、「こう考えないといけない」と思わされていることで、何かを表現するために自身のわかっている全体を制限してしまいがちなのだ。社会に置かれた文脈に囚われず、自分のなかの重石を外して考えてみるというのが重要なのだそうだ。

参加者の悩みや問題意識が表出されながら、経済性に縛られない生業としての農業、第一次産業未経験の世代における「食」への捉え方へと話が移り、水俣から福島へと問題の焦点が繋がっていった。永野が水俣での「それでも魚を食べ続け、子どもを生み続けた」話を自分の経験に引きつけて語り、福島の南相馬で語り部をしている高村美春にバトンを渡す。ここの展開が好きだった。このときの南相馬でのきのこや山菜などの山の恵み、山に入る生業の楽しみが奪われ、町がゴーストタウンになってしまった様子が高村の直面する不安、問題意識と直結しながら語られることで、情景や住民の感情の一端を自分ごとのように感じられた。語り部は、自分が体験した出来事を自分の問題意識と繋げて経験談にして、他者と経験の共有を行う。経験を聞いた側はすべてを理解できないけれども、経験から得た学び、得ようとする課題意識を自身の歩みに取り入れて生きていく。私が水俣で行わなければいけない発信と学びのサイクルを改めて考えさせてもらえた。

ここまでが水俣哲学塾初日の要旨になる。二日目からは当事者性という水俣や福島だけでなく、障害者支援やジェンダー問題などでも取り上げられるテーマを中心に話が展開していく。一日目の小野文生(ごんずい前号に小野のFWへの文章が掲載されている)による総括や二日目の内容も大変学びに繋がり説明したいが、字数が足りない。当事者性というワードに悩まされている方は、『水俣哲学塾 三人委員会』そのものを手にとってさらに悩んでみてほしい。この本は、参加者の幅も広く、水俣に興味がある人、何かに抗いたい、立場を探したい人であればどこか何か引っかかる部分があるだろう。そして、一緒に悩む人がほしくなったとき、煮詰まってしまったとき、今度は水俣に来て、五感を感じて色んな人と話して自身を解放してみるといいのではないだろうか。

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[1] 三人委員会哲学塾ネットワーク「三人委員会哲学塾の紹介」(2007年7月27日、http://3nintetugaku.jugem.jp/?cid=11

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