『豊饒の浜辺から』

辻よもぎ

相思社で発行している「水俣病を伝える 豊饒の浜辺から」は第五集まである。( 第一集は絶版となっており、再販を予定している) 私は、第三集の中の葦北郡津奈木町大迫生まれの故・新立清人さん「不知火海は端から端まで知っとと」の聞き取りを紹介する。新立さんは中学卒業後から漁に携わり、打瀬網漁や刺し網漁を中心にしてきた漁師さんだ。職員に新立さんのことを話すと、漁業をするかたわら、みかんを栽培し、相思社にも卸していただいていたそうだ。

聞き取りでは網漁の話を始め、漁具作りや不知火海の魚介類のこと、昔と今で変わってきた漁の仕方など、不知火海での漁の暮らしの様々な内情もが読んでいると見えてくる。

私がそもそもこの文書を選んだきっかけは、父が漁師ということもあり、最近私も船の免許を取ったことで、普段なにげなく見ている不知火海のことを自分はどの程度知ってるかなと思い、また漁師の視点でみると不知火海ってどんな海なんだろうと興味を持ったためだ。

新立さんの本職、打瀬船漁のことは私も少し知っていると思っていたが、読んで
みると他にも知らなかったことが沢山あることに気づいた。まずは年中漁をして
いるわけではなく、冬は運搬船として活躍していたこと。捕獲する魚介類は浅瀬
にいるエビと聞いていたが、エビといっても石エビやクルマエビ、アシアカエビ、シラサ( 白エビ) など様々な種類がいて、それぞれ生息地に違いがあること。

産卵前の鯛が不知火海に入ってくる前に巻き網漁でいっぺんに取られてしまったり、バッチ網でシロゴ( カタクチイワシ)の稚魚を何百と獲るとエビ、シャコなども産卵時期が同じなため一緒に網に入って来てしまい、獲り殺すことになってしまう。その他にもゴチ網漁などが海にもたらす影響というのは大きい。二~三年程規制をして我慢をすれば、今の魚介類の減った不知火海も元の海に戻るそうだ。皆の海であることを認識することがいかに大事なのか、と考えさせられる。近年の地球温暖化の影響で海水温が高くなり、エビは産卵しやすくなって昔より増え始めているそうだが、これまで冬の時期は海の底に潜って冬眠をしていたエビが、温かくていつまでも冬眠することがないため、爪のついたケタ網漁で獲ることができなくなってしまったそうだ。良い面、悪い面それぞれで影響があるこ
とに驚いた。

漁師の間では「雨が多かったら、網を作って待っとれ」という言葉があるそうで、それは百姓だと稲刈りに「秋の夕日があれすれば鎌研いで待て、明日は天気」という言葉があるようで同じ意味合いを持つそうだ。漁師と百姓は生活・仕事スタイルには大きな違いがあると思っていたが、共通したものもあることを知った。新立さん曰く漁師の頭の中に入っていると言う「高島易断暦」の存在について、これには家相などについても書いてあり、家作りの時に一番犯してはならないのが水関係だそうで、炊事場やトイレはどの方角に作るのが良いか、また西には不浄があるので神様を祀る時は西向きにするなどを意識してやるそうだ。そういった行いが海への感謝にもつながってるように思える。

漁師同士での情報交換は重要で、新立さんは打瀬網漁で網を入れた場所を聞かれる際は正直に場所を伝えるそうだが、教えない人もいて、漁師の関係性には頭を悩ませた。言わない相手を恨むのではなく、また言われたことをそのまま
正直に受け取ってはいけないという複雑な漁師の心境があると言う。同じ漁でも
やり方は天と地の違いがあり、普通はお互いに教えあわないのが、漁師根性と新
立さんは言う。

ぜひみなさんも、『豊饒の浜辺から』を読んで、新立さんが触れた不知火海や漁師の暮らしに、触れてほしいと思う。

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