COP3(第3回水俣条約締約国会議)@ジュネーブ参加報告

小泉初恵

11月22日から12月1日に行われた第3回水俣条約締約国会議(COP3)へオブザーバーとして参加するため、スイスのジュネーブへ行ってきた。水俣の「水俣条約推進ネットワーク(通称ミコネット)」で一緒に活動している胎児性患者の松永幸一郎さん、ほたるの家の谷洋一さん、元朝日新聞記者の斉藤さんの3人とともに参加し、私は通訳的な役割を果たすことを期待された(※1)。鹿児島空港から羽田、パリを経由してジュネーブへ。COP1に行った坂本しのぶさんが「ほんとうにながかったよ」と繰り返して言っていたので、松永さん13時間の飛行機大丈夫かなと不安だったが、将棋のゲームなど楽しんでいたらしい(※2)。私はなぜかスイスに近づくにつれ体調が悪くなり、ホテルに到着して熱を測ると38度5分だった、うぉう!最初の2日間は寝込んでしまったが(※3)、松永さんがスピーチする会議初日にはなんとか復活した。

松永さんの自己紹介と一番伝えたいメッセージは英語で話せるように、数か月前から練習を重ねた(※4)。松永さんが生まれた1963年には、すでにチッソも行政も排水の危険性を把握していた。もし、その時点で排水が止められていれば松永さんは水俣病にはならなかった。汚染を放置して自分と同じような健康被害を引き起こさないよう、水銀をきちんと管理してほしい、未来の子供たちを守ってほしい、と松永さんは一言ずつかみしめるように話をした。終了後、大きな拍手で包まれる会場を後にして「完璧!」とのたまった。すごい人だ。まったく緊張の様子なく(※5)、こちらが緊張するほどだった。具体的な議題に入っていく前の会場に、深呼吸をするような雰囲気が生まれたような気がする。

私達の1日は、朝食後(※6)に会場へ向かい、NGOの会議に参加させてもらい、ブースでお客さんに水俣病について説明したり(※7)、会議を傍聴した。休日も1日とり、物価の高さに青くなりながらジュネーブ旧市街を観光した。
そもそも締約国会議の締約国とは、水俣条約を批准(条約で規定されている内容の遵守の表明、実行)した国であり、締約国の定期的な会議が締約国会議(COP)だ。議題はいろいろだが、条文中に「詳しいことはCOPで決めましょう」という規定されているテーマや運営に関することもある。会議は、大きな会場で行われる本会議のほか、議題ごとに小会議がある。中には日付を越した夜中まで行われる会議もあった(※8)。すべてに参加するのは不可能なので、前日の議論の内容はそれぞれの会議に出席したNGOメンバーから共有してもらった。各国の政府代表は、すべての会議に最低でも1人は参加できる人数で参加している国もあるが、代表は2人だけという国もある。人数が少ないと同時並行で行われる会議に出席できず、発言機会がないので議論に加わることができない。こんなところでも国の影響力に差がでてくる。

今回のCOPの最大の成果というと、「汚染された場所の管理手引き書」が採択されたことだろう。この手引書はCOP1から審議されており、COP3前に暫定版が条約のウェブサイトで公開され、各国やNGOが意見を提出していた。手引書に基づいて水俣湾埋立地や八幡残渣プールの管理方法が変わったり、現状調査が実施されるなどということがあるかもしれないと期待していたのだが(※9)、この手引きはあくまで参考資料的存在で、国に新たな義務を発生させるものではない。とはいえ、いろんな国の専門家によって検討が重ねられたものなので、手引書からあまりにかけはなれた措置をとっていれば国際社会から批判される可能性はあるだろう。

もう一つの大きな議題は、廃棄物10の閾値について。会議では25ppmという具体的な数値が挙げられ、IPEN(NGO)はそれに対して1ppmが望ましいと反論していた11。すでに自国に廃棄物の閾値がある国にとってはそれより厳しい数値が条約で決まれば調整が必要になることを考えると、科学的に、あるいは生態系や人間への影響の観点からの議論ではなく、自分の国の基準にいかに寄せていくのかが主な関心となってしまう。COPに先立ち専門家会議で科学的な議論がされたらしいが、COP中の議論を聞いていると「これでよい」「いや慎重に考えるべき」と各国の表明する意見が、何に基づいているのかわかりづらく、正直ついていけなかった。世界中からの人々で埋まる大きな全体会議場にいる人のうち、どれくらいの人が、きちんと理由を説明して何ppmが好ましいとはっきり言えるだろうか。専門家でさえ意見は一致しない。この閾値の決定は次回のCOPに持ち越しとなった。
 ともすれば国対国のゲームに終始する可能性のある国際会議の場で、その決定の先にあるのは、環境で、生態系で、動物で、人間で、生活だと思い出すきっかけになりたかった。水俣に来た大学生がもやもやして帰っていくときに感じている、そんな水俣の空気をジュネーブに持っていけただろうか。

※1 誤解している方が多いのですが、英語が少し話せれば通訳ができるわけではありません…
※2 飛行機のコンピューター相手の将棋ゲームは松永さんにとって「弱すぎた」らしい。
※3ジュネーブの無駄遣いである。初日に通訳的な役目が果たせず本当に申し訳なかった。
※4 私の通訳に自信がなかったという理由だけでなく、松永さんが「英語で話すのは好き」と言った。
※5 本番前には「終わったら肉が食べたい」と繰り返し言っていた。
※6 松永さんはほぼ毎日クロワッサンを5個食べた
※7 ブースではユージン・スミスの写真を展示し、土本監督ドキュメンタリー「患者さんとその世界」を放映し、パンフレットを配布した。「今水俣はどんな様子なのか」という質問が多かった。ユージン・スミスは知らない人が多く、今度ジョニデ主演の映画になりますよと言ったら冗談だと思われた。
※8 「徹夜のノリ」で物事が決まったりするのだろうか
※9 「どんな場所が汚染サイトになるのかCOPで確認してきてくれ」と渡航前に水俣の人から言われたが、これは暫定版の手引書の、前文の最初の1文(The Minamata Convention on Mercury contains provisions on contaminated sites, including the identification and assessment of sites and the adoption of guidance on the management of contaminated sites by the Conference of the Parties.)をグーグル翻訳すると「水銀に関する水俣条約には、締約国会議によるサイトの特定と評価、汚染サイトの管理に関するガイダンスの採用など、汚染サイトに関する規定が含まれています。」となり、締約国会議が汚染サイトを特定することになっているように読めるからだと思われる。グーグル翻訳の点の位置が誤解を生んでいるが、サイトの特定はCOPで行われたわけではなく、手引書(汚染サイトの特定方法は説明されている)の採択が行われた。
※10 条約11条で廃棄物は、①水銀又は水銀化合物から成る物質又は物体(廃水銀)、②水銀又は水銀化合物を含む物質又は物体(廃棄される水銀添加製品)③水銀又は水銀化合物に汚染された物質又は物体、という3種類が条約で規定されており、閾値(数値)が適用されるのは③のみということになった。
※11 もし1ppmが水銀廃棄物の閾値になったら、私の毛髪は1.96ppmあるが水銀廃棄物になるのだろうか。

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