水俣病センター相思社三〇周年事業 趣意書

二〇〇四年、いま私たちは、どこにいて、どこへ行こうとしているのでしょうか。

「原因不明の中枢神経系疾患」が水俣市の一漁村に見出された一九五六年の、水俣病公式確認からやがて半世紀、チッソが水俣村にカーバイド工場を建設した一九〇八年から一世紀を迎えようとしています。
日本の近代化の過程で引き起こされた水俣病による患者たちの苦しみは、健康被害だけにとどまりませんでした。地域共同体における差別や偏見、企業城下町で の市民との対立、さらに被害拡大を止め、犠牲者を救済すべき政治の無策にも苦しめられてきたのです。患者たちは、こうした理不尽さの中から声を上げていき ました。それは経済発展を第一とするこの国を告発する、不知火海沿岸に暮らす生活民の叫びでした。
公的に被害を認められていない被害者たちは、一九七三年の一次訴訟勝訴-補償協定書締結ののち、出口の見えない長い闘いを強いられます。裁判、直接交渉と あらゆる手段を用いますが、形式的手続きの認定制度というシステムに絡め取られていきます。地域においてはニセ患者発言が公然と語られ、水俣病被害者を名 乗ることさえできませんでした。水俣病は忌避され、触れることも許されないタブーとなっていきました。被害者に「このままでは俺たちは犬死だ」という言葉 まで発させた、こうした消耗戦の末に、苦渋の選択と言われた一九九五年の政治決着に至ります。
しかし、被害民はただ打ちひしがれていたばかりではなかったのです。底知れない辛苦を味わってきた被害者が発したのは、凄惨な被害の訴えや加害者への深 い憎悪の念を超越した言葉でした。「チッソの社員や市民も苦しかったでしょう」「自分もチッソの中にいたら同じことをしていたかもしれない」と。それは、 加害被害の関係を超えて人間同士の信を紡ぎ出そうとするものであり、被害者としての憤りを人間社会のあり方を問うことにまで昇華させようとするものでし た。水俣の「もやい創り」とはそういうことなのです。

水俣病センター構想が芽生えたのは、地域で孤立していた一次訴訟原告たちが、判決後に「地域の中で生きていけるだろうか」という不安を持ち、「患者・家 族の拠り所を作りたい」との思いからでした。そして、一九七四年、その思いを受けとめた多くの人たちの働きによって相思社は設立されたのです。当初の構想 は、すべての患者の拠り所・たたかいの根拠地・医療機関・資料センター・共同作業場などを、段階的に実現していくというものでした。それぞれ取り組みが行 われましたが、相思社の三〇年を振り返るとき、その前半を特徴づける活動は、未認定患者運動の拠点としての機能でした。そして一九八八年に水俣病歴史考証 館を開館し、後半は水俣病を伝えることに軸足を移していきました。自らも水俣のまちで暮らす住民として地域に出て行き、行政との協働にも参加することに よって、「もやい創り」の一端を担いました。
社会のあり様に目を移せば、水俣病被害者たちの叫びにもかかわらず、世の中ではお金のために人間の生命が弄ばれています。例えば、危険がはっきりしてい る血液製剤を使い続けHIV患者を生み、石油のために海外派兵を強行しています。そして、私たち自身は身体・生命を実感することが希薄になって、情報化社 会の一片の要素となっていることに疑問を持つことさえ忘れかけています。
水俣現地に存在するNGOとして相思社の行うべきことは、「水俣病」を起こさない社会を足元から作りあげることです。そのために、水俣病の教訓を地域へ・ 日本へ・世界へと発信しています。そうした動きが水俣病の過ちを繰り返さない地域の基本に置かれていくと考えています。しかし、現実の地域社会では、水俣 病と水俣病患者に対する偏見は今もなくなっていません。被害者が心やすらかに生きていける地域を作るには、設立当初の「地域の中でいかに生きるか」という 課題を今、新たにとらえ、お金で結ばれる関係ではなく人間同士が直接結ばれ合う関係を再構築することが必要です。「運動支援」ではなく「患者とのつき合 い」を深化させていくことが患者の心の支えとなり、かつ地域コミュニティーの結ばれ方に作用すると思っています。つまりこうした状況における相思社の役割 は、患者と市民、患者と行政、水俣の人と外の人とを結びつける役割であり、到達点は水俣病が起きることのない「もう一つのこの世」ではないでしょうか。ま だまだ日暮れて道遠く、このような取り組みは始まったばかりです。しかし、人々が誇りを失っていた状態からすれば、昔日の感があります。

相思社三〇周年を機に、今改めて水俣病事件が現代に問いかける意味を、これまで相思社と水俣に様々な形で関わった方々とともに水俣現地で考え、言葉を交わし、交歓する場を作り出したいのです。

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