溝口訴訟記者会見

最高裁判決を前に、相思社仏壇の間で約二時間、記者の方たちからの質問に答えた溝口先生。お疲れ様でした。

質問に答える先生は、知宏さんやお母さんへの思いで溢れていました。
「息子は水俣病であるにも関わらず、絶対に水俣病とは認めなかった」。「私がこの裁判を始めたのは、チッソよりも母を放置し続け処分した行政のやり方に対する怒り」。「おかしいと思ったから裁判を始めた」。

おかしいことにおかしいというのは先生の信念です。

溝口先生は、1931年生まれ。1949年に病気で倒れ「見えるのは天井の板の目ばかり」だった頃、本を読みあさりました。その後回復して高校に復帰します。「私はシャバをまっすぐに生きたい。それには農業が一番だ」ということで60年以上、有機農業を始めたのも水俣で一番早かった先生。有吉佐和子や石牟礼道子にも大きく影響を受けました。
同じ頃に始めた書で先生と呼ばれるようになり、私も教え子として通いました。変わった先生で、アイヌや琉球、在日コリアンなどマイノリティな人たちへのシンパシーが強く、死刑撤廃や、農薬の危険や、新幹線工事反対運動や、沢山のことを教わりました。私にとっては学校の先生以上に先生でした。

今日改めて思いました。
先生が貫いた信念に対する尊敬の念が絶えません。

虐げられ、事実がねじ曲げられ、泣き寝入りする被害者。
なかったことにされていく歴史。
私は相思社に入って5年、裁判に行き始めて10年、短期間水俣病に関わっただけでも、その歴史を嫌というほど見た気がします。

裁判を起こすことでその歴史に待ったをかけた先生。
今日先生がおっしゃったことですが、裁判というのは本当に長く苦しいものです。

本当に長い長い闘いだったけど、勝っても負けても先生が「おかしい」と言い、事実を事実として残していったこと、明るみに出したことは、とても大きなことです。

そして先生が裁判を終え、ご自身の生活に戻られたときに本当に「幸せ」に生きられる場所を共に作っていきたいです。

詳しくは溝口訴訟HPを御覧ください。
ちょっとむずかしいのですが最初の方は飛ばして、「この事件のあらまし」をお読みください。
http://homepage3.nifty.com/mizogutisaiban/index.htm

写真撮影は葛西さん

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