尊厳をもって

夕方4時過ぎ、東海に住む患者さんから一本の電話。「永野さん、うちの人に、棄却通知がきましたよ」。
「クビにならないようにと職場の人たちには不調を隠し元気に見せながら、働き続けてきた」「何も情報がない愛知で原因も分からずに症状に苦しんできた。卒業名簿でもなんでもたどって、俺のことを見つけて、被害の原因を知らせてほしかった」「インターネット記事では、熊本県は一年に三百人も棄却するね。去年は一人も認定されなかった。いま熊本県から棄却されるのを待つ日々は、死刑宣告を待ってるみたい」。去年の九月に東海検診でつぶやいた彼女の夫の言葉があれ以来、私の胸に刺さっています。
そして同じ今日、朝からいくつもの新聞社から「今日、三年ぶりに、認定通知が出ます」と電話がありました。どうして分かるのですか?と尋ねると、「熊本県から『記者会見を開く』と連絡がありました。認定が出るときにだけ、熊本県は記者会見を開くのです」と言います。閉口してしまいました。これまでの三年間がなかったように、ガス抜きのようにして「患者認定をした」と記者会見を開く熊本県。どうかマスメディアはそれに踊らされないで。そしてそして、同じ今日、「やっぱり熊本県は間違っとります。俺らの被害は、どうしたって水俣病の被害としか思えんとです」と言って、再度認定申請をなさると決めたあの方の思いをどうか、熊本県は受け止めてほしい。
騙されて、毒を飲まされ、体を侵され放置されした子どもたち。たくさんの症状を抱えながら六十年、遠い東海の地で暮らし、今も治療費のために働いているあの方の長い間の苦しみは、誰に知られることなく、終わっていくのだろうか。そうして、私たちは、彼らの姿を見なくて済むんだと、彼らにすべてを押し付けて暮らしてきた自分のことや、私は何の役に立てるんだろうかということや。
取材を受けながら、認定を受けた一人と同じように、この三年で棄却になった1047人の人たちに目を向けてほしいと、彼等の被害をなかったことにしないでほしいと、気づけば頭を下げていました。

2014年度
処分保留者 1007名
認定件数   0名
棄却件数   11名
取り下げ   19名

2015年度
処分保留者 1264名
認定件数   2名
棄却件数   97名
取り下げ   19名

2016年度
処分保留者 1146名
認定件数   2名
棄却件数  246名
取り下げ   55名

2017年度
処分保留者 890名
認定件数   0名
棄却件数  314名
取り下げ   48名

2018年度
処分保留者 631名
認定件数   0名
棄却件数  301名
取り下げ   42名

2019年4月の、今日
処分保留者 598名
認定件数   1名
棄却件数   41名
取り下げ   0名

私にとって、生まれたときから目の前に広がるこの海はどこまでも美しく、ここに生きる人々はいつも、尊厳をもってそこにある。

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