石本寅重さんの油絵が増えました

水俣病歴史考証館の小展示室には、石本寅重さんの油絵が飾ってありますが、このたびご子息様から新たに2作品の寄贈を受けました。

水俣湾の仕切り網を描いた「哀鳴」(1991年)【F100】
石本寅重さん絵画をいただきました|水俣病センター相思社

高台から見渡した茂道湾を描いた「崖の上」(1993年)【F8】
石本寅重さん絵画をいただきました|水俣病センター相思社

石本寅重さんは漁師の子として水俣市茂道に生まれました。子どもの頃から画家を志していましたが、戦時中の混乱により、諦めざるを得ませんでした。しかし、生涯にわたって絵を描き続けました。
1954(昭和29)年、茂道などの漁村地域では6月初めごろから急にネコ猫が狂い死に始め、ネズミが急増し部落じゅうを荒らし回りました。そこで地区を代表してネズミ駆除を申し込んだのが、当時33歳だった石本寅重さんでした。そのことが初めて「水俣病の兆候」を伝える報道(熊本日日新聞8月1日記事)となりました。
ほどなく人間にも異変が現れます。後年は、寅重さん自身も発症しました。絵を描くときは、息を止め震える手をもう一方の手で押さえながら描いたそうです。

従来より展示している作品は次の4点です。合計6点になりました。
「受難の船」(1949年)
「もやい綱」(1955年)
「自画像」(1983年)
「納屋から見た漁港」(1987年)

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