猫実験の小屋の保存処理を実施

10月25日~27日、水俣病歴史考証館の展示物「ネコ実験の小屋」の保存処理を行いました。国立民族学博物館の日高信吾さんたちが全面的に協力してくださり、トタンや金網の錆を除去してオリーブオイルの塗布をしました。

↑ 処理前。サビで屋根はオレンジ色っぽくなっていました。

↑小屋が床に張り付いているのでは…という疑念があったが、ちゃんと持ち上がってほっとしました。
パレットに小屋を乗せて移動させるときには、まずは薄い板を片側にかませ、反対側にも同様に薄い板をかませ、今度は薄い板を太い板に入れ替え、板の枚数を増やす方法で慎重に高さを出して、最後はパレットを小屋の下に入れて移動させました。

ほかの展示物は養生して、ブラシで小屋の錆を落としていきます。ブラシでこする人と、掃除機で粉塵を吸い取る人のペアで作業をしました。金網はもろくなっている箇所もあり、裏から板を当てながら慎重にこすりました。小屋の中に入るのは初めてで緊張しました・・・
サビを落としたら、刷毛と筆で油を塗りました。油を塗ったところは黒っぽい色になっています。

30年分のホコリや虫の亡骸があった小屋の下もキレイに掃除しました。
展示の下に置くパレットの裏面には作業に加勢した人全員の名前を書きました。↑素敵なサインを書いているおしどりマコさん。3日間の作業のために駆けつけてくださったボランティアのみなさん、ありがとうございました!
↑作業終了。サビのオレンジ色が油で濃い茶色になりました。油は数か月かけてなじんでいくようです。

このネコ小屋は、チッソ附属病院で水俣病の原因究明のための実験に使用されていたものです。400号とつけられた猫は廃液を与えられ、水俣病の原因はつきとめられました。中心となった細川一医師は第一次訴訟で証言し、チッソ工場の廃水が住民に深刻な健康被害をもたらしていると把握しつつも排水を流し続けた事実が明らかになりました。チッソの加害を説明するモノは、チッソの内部資料が入手できないこともあり、「なぜ被害が放置されたのか」「なぜ汚染が拡大したのか」という重要な問いに直接答えを与える歴史的遺物は証言を除くとわずかしかありません。水俣病が放置された歴史を語る貴重な資料です。

1980年代に、元チッソの第一組合でチッソ附属病院近くに住んでいた人から寄贈をうけ、考証館に展示されるに至りました。附属病院から小屋を引き取ったその人畑で使用されていたとのことですが、もう亡くなられているので詳細は不明のままです。チッソ附属病院で行われていた猫実験については情報を集めています。当時チッソ附属病院に入院して実験や猫を目撃した人、猫実験にかかわった人など、もしいらっしゃいましたらぜひお話しをお聞かせください。

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