ことしのお盆はキムチとマッコリ

今年のお盆は、水俣病で亡くなられた方々のお位牌を前にマッコリと、高平さんに伝授いただき手作りをした四種類のキムチをお供えしました。お供えをしようと思ったのは、患者のAさんの家に行ったとき「お父さんが、闇酒を朝鮮人から仕入れて売った」と聞いたからです。

Aさんがまだこどもだった頃、当時住んでいた袋から5キロほど離れた水俣の海辺に、朝鮮人の集落がありました。Aさんのお父さんは、彼らが作った闇酒を安くで買って、袋の漁師に売っていました。こどもだったAさんは小学校に行くか行かないかの頃から、父の船に乗りました。少しすると、父は運転をAさんに任せ、自分は酒を飲みだします。そして良いときになると、魚をとるのです。たゆたう船に乗りながら、お父さんがとった魚が目の前で見る間にさばかれ、まな板いっぱいになるのを食べるのは、どんなに美味しかったでしょう。

働き者のAさんは、父がとった魚を母とふたりでリヤカーで売って回りました。朝鮮人の集落へ行くと、闇酒の返礼のようにして安くで魚を売りました。
「水銀入りの魚をね」と言ってAさんは笑います。わっはっは、わっはっはと。危険だとは知らされなかったAさんも朝鮮の人も、おんなじようにして水銀の入った魚を食べました。Aさんは悲しいときも悔しいときも、泣きません。とにかく「わっはっは」と笑います。

Aさんの父はその後、水俣病で悶え苦しみ、長い間の療養生活ののち、この世を去りました。狂い暴れる父親を母とふたりで押さえつけるときのAさんは、隣の家に助けを求めに走るAさんは、一体どんな気持ちだったでしょう。Aさんは私に想像をさせません。ただ淡々と語るのです。

Aさんの母や、きょうだいたちもやがて水俣病に倒れ死んでいったことを、そのあとをどんなふうにして生きてきたのかを、少しずつ聞いてきました。そして10年が経ったとき、朝鮮人の話を初めて聞いたのです。
その晩にたまたま連絡をくれた姜信子さんに、そんな話をポツリとしました。

しばらくして奈良の「まめすずとちちろ(※)」に行った日、朝鮮の人と袋の人の酒と魚の交流話を聞いた姜さんが、「そのマッコリを私が永野さんのために作ってあげよう」と作ってくれていたのでした。姜さんのハンメ(おばあちゃんという意味だって)は、むかしむかしに闇酒を作っていたそう。飲んでみると、濃ゆくて少し酸っぱくて甘い、喉を熱くする真っ白な液体。あぁ、これがあの、マッコリ!

その味に感動し、袋の人たちはこのマッコリを魚と一緒に、どんなに美味しく飲んだだろうかと思ったのです。そして朝鮮の人たちは袋の人がとった魚をこのマッコリと、どんなに美味しく食べてくれただろうかと。

Aさんの話を聞いて、奈良でマッコリを飲み語らって、私の目に見えていた景色は、それまでと違うものになりました。あのおれんじ鉄道の線路の前を通るとき、これは朝鮮の人たちが敷いた線路だと思いを馳せ、チッソの前を通るたび、ここで日本人の半分のお給料で働いた朝鮮の人たちを思い。

山野線を敷いたのも、水俣の観光地の山を拓いたのもやっぱり朝鮮の人たちで。ここにも、ここにも朝鮮の人たちがいた。そうして水俣に生きた朝鮮の人たちの声を、私は探しはじめています。

Aさん曰くの「あの頃に水銀入りの魚を食べた」朝鮮の人々は、その後、どうしたでしょう。Aさんのように、いまも水俣病の後遺症を抱えながら、生きておられるかもしれません。悶え苦しみ死んでいったかもしれません。

それで今年のお盆は、キムチとマッコリを、お供えしたくなったのです。逝ってしまった朝鮮の人たちのことも一緒にお迎えするつもりで。
朝鮮のみなさん、不知火のみなさん、マッコリとキムチで宴をしていただいたでしょうか。また来年、待っていますね。

※「帰ってくるようにしてここに集いたい」という水俣病患者遺族の思いにより、相思社には設立当時に仏壇が作られ、遺族が持ち寄ったお位牌をいまもお預かりしています。チッソ城下町で裁判に勝ってしまったら、自分たちの居場所はなくなってしまうと危惧した患者さんたちの気持ちが詰まっています。
※写真のキムチは右上から時計回りに、ゴーヤ、オイ(きゅうり)、大葉、キャベツ。みんなで大量に作りました。あっさりしていて辛くって、とても美味しい。

※姜信子さんは「ごく普通の在日韓国人」の著者で、最近はホ・ヨンソン著の「海女たち-愛を抱かずしてどうして海に入られようか」を翻訳なさいました。
https://www.shinsensha.com/books/3307/

※まめすずとちちろは、水俣の紅茶や柑橘を使ったお菓子やレモネードを出してくれる喫茶店とうどん屋さん。あの春の日、甘夏へのラブレターを書いていただいたことが鮮やかに甦ります。 http://mamesuzu-sweets.com/

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